愚者正伝第一部(俳句前期)
(問 一矢・播磨固生・緑星子・橋口成幸)
緑星子雑俳集
二〇一二年以前の作品 二〇八句
諸 葛 菜
薫風の三分開きたる窓を訪ふ
今年も来し苗売り声の巡り行く
山藤の紫色羽織の大樹かな
幾筋の卯波遥かや漁り船
雨滴なりアメジスト色諸葛菜
初夏のあお瓦に乗せし古寺かな
草引きを今日も待ちたり畦地蔵
干し物は皆窓の内梅雨に入る
川の面やしかと押さへし水馬
夏なれば雲むくむくとひかりをり
10句/10句
「全電通九州文芸」第七号 (一九九一年)
梅雨あかり
鷺草群空へ舞ひたき風待てり
菜種梅雨ウキ見る人の顰め面
飛行機雲梅雨明け空を真二つ
節電や変色団扇の二三本
墓地までの黄なり赤なりカンナ道
片蔭に身を寄せ合ひてバスを待つ
梅雨あがり縁に座したる老母かな
日盛りや遊び疲れし子に麦茶
病みあがり西日の部屋を這ひ出でよ
9句/19句
「全電通九州文芸」第八号 (一九九二年)
新 芽
捨てかねし大根の首に新芽かな
孫と読むお伽の国や日向ぼこ
立春や挿絵憶えのある雑誌
笹鳴きや待ち人いまだ現れず
啓蟄や下校児の声響きけり
靴脱げば麦芽の畑に温きあり
春禽の爪の先まで伸ばしけり
筍の短き節の甘さかな
ちくちくと膝頭泣く寒夜かな
猫の耳くゆりくゆりと日脚伸ぶ
10句/39句
「全電通九州文芸」 第十号 (一九九四年)
蛍 火
蛍火を手に入れむとて空を切る
山裾へ代田日毎に迫りけり
去年よりは美味きを漬けむ実梅捥ぎ
竹棚へ身を委せをり花南瓜
紫陽花や走り出したる澤の水
末黒野や土手に我慢の石ひとつ
干草の山の萎えゆく一日かな
十薬を残して庭の手入れかな
胸元や少し開きて街に春
菜殻火の爆ける音や鳥帰る
10句/49句
「全電通九州文芸」 第十一号 (一九九五年)
団 栗
団栗の踊りだしたる箒かな
カーテンの模様畳に夏陽射す
捨瓶の口封じたり朝の霜
瓦打つ鈍き雨粒夕立来る
流水に身をまかせたり落椿
野良猫や足跡浅き霜の庭
山宿の木目潰れし魚版かな
箒目や風におされしこぼれ萩
宙返り今夜限りか燕の巣
首筋の清清しけり秋の風
〔季題指定による俳句〕
胸元や冷たき風にまた昼寝
腹帯の如くタオルと昼寝かな
昼寝する枕となるや弁当箱
13句/70句
「全電通九州文芸」 第十三号 (一九九七年)
長梅雨
大寒や風押す街へはしご酒
鉢植えの香り愛でたり梅の花
ふらここを揺すり憂き世を遠ざけり
一夜干す烏賊の白さや舌鼓
梅雨寒や三日続きて膝に猫
長梅雨にワイシャツの襟崩れたり
約束をまた残したり昨年暦
ことごとく並木灯るやクリスマス
愚痴もまた悪口もまた年忘る
菜も少し切り身もありぬ晦日そば
10句/80句
「全電通九州文芸」 第十四号 (一九九八年)
遣り水
しめ飾り映りし影や献耕田
早苗田に水引く板を隠されり
木漏れ陽や人影踊る気配あり
遣り水やなほ十枚の棚青田
春山や緑色肌に染まるほど
行く先は何処なるかや蝸牛
冬最中わが師は西へ旅立てり
来客を茶室に炭の待ち居たり
8句/88句
「竹の花」 創刊号 (一九九九年)
御玉杓子
桜散り山霞みたり過疎の村
石投げて黒塊消えし杓子かな
流れ来て暴るる蝌蚪や白き腹
外界とは如何なるものぞ蛙の子
草取女畦にちひさき鏡あり
空蝉の爪立てゐたる大樹かな
胸元を流るる汗や二三筋
献涼と書きて出したる見舞かな
夕立去る砂場に寝たりブリキ缶
蟻道をまつ平らにす夕立かな
亡き人へにぎにぎしけり走馬燈
ひと重なる花びら折れし氷雨なり
夏痩せの病身起こし首さする
鈴虫や翅摺り合わす茄子一片
芋の葉に露の踊りし広さあり
15句/103句
「竹の花」 第二号(二〇〇〇年)
月 光
月も子の背に負ぶさりて帰省せり
満月や我が影と行く妻も子も
盲人に月光路を明るふす
悴むや指先攣れし水枕
春空や干網港に眠り猫
幼子の声嬉々として土筆摘む
子猫来て弄ばれし飛蝗かな
豪雨来て紅絨緞に椿落つ
柿熟るる季節となるやかち烏
病床に傷病む農夫畦の草
代掻きの夜ぞ蛙の騒ぎけり
星出でてやがて早苗田仕舞ひけり
蛍川消えて団地の現れり
竿上やひと筋光る蝸牛道
種取りの唐辛子あり忘れ畑
灌漑の池底見えて稲を刈る
残菊の懸崖あるや無人駅
銀杏舞ふ古寺の庭や猪威
茅葺の職人無くて旧家朽つ
落葉風団栗坂を走らせり
20句/123句
「竹の花」 第三号 (二○○一年)
ミニトマト
白木蓮気丈な母を見送れり
冬枯れや齢相応の服を着る
阿蘇の山黄金の西日草千里
名知らずの小鳥来にけり庭の梅
早春花地蔵の顔も微笑めり
白ゆりの十七文字に君逝けり
天草へはろばろ行くや夏避行
独り身はあはれ病床冬の宿
しんしんと雪降る夜に帰宅待つ
縁側へ寝茣蓙引き寄す猛暑かな
山吹の花鮮やかに雨あがる
厳冬夜ホームレスなる行き倒れ
今日もまた遠回りせむ桜道
限りある命叫ぶや法師蝉
ミニトマト熟れしひとつを含みけり
新緑や眼に柔らかきひかりあり
苦瓜や今日の苦労を忘れけり
孫の手が老婆の頼り彼岸花
初盆会定めに生きし人逝けり
帰れぬと知りし特攻初夏の夜
20句/143句
「竹の花」 第四号 (二○○二年)
麦 笛
薔薇落ちて想ひの人と別れけり
形見なる指輪を置けり初盆会
幼子の亡骸舞ふか川蜻蛉
桜餅鞄に家路を急ぎけり
身ごもりて裾下ろしたる浴衣かな
麦笛の短く長く帰宅せり
蟷螂の化粧直すや水鏡
大梅雨に打たれ廃墟の鶏舎かな
炎暑なり長袖シャツの運転手
台風に押され斜めへ滑りけり
降灰の積もりし花壇桜島
続炎天雨戸は軽く走りけり
仕事終ふ農夫を迎ふ夕陽かな
九十二の母咳込めり梅雨座敷
蟇蛙闇の底にぞ居座れり
伸び丈の尋常ならぬカンナかな
悪童や水を注ぎし蟻地獄
大西瓜指で弾きて味を診る
側線へ箸を入れrたる秋刀魚かな
一日の汗補ふや塩秋刀魚
20句/183句
「竹の花」 第六号 (二○○四年)
ひこばえ
枝を切る挟の音や秋の暮
初孫よ座敷を泳げ五月旗
鐘聴けば柿の実赤き日暮れなり
漁り船彷徨へるかな鰯雲
遅咲きのカンナ道あり耕運機
人気なき旧家の軒や干し煙草
ひぐらしや帰り支度の畑仕事
ひこばえの棚田一枚装ひけり
終戦日耳欠けしまま辻地蔵
浴衣女の下駄音軽き夜店かな
鳳仙花人の噂も弾きけり
夜濯ぎや苦になどならぬ出稼ぎ女
灯を恋ふや老婆が独り冬支度
さくらんぼ烏の群れぞ盗みをり
椀ひとつすする男や蜆汁
浮きし身の居り処なき海月かな
蝉時雨墓の有り処を教へけり
虫の夜や幼き頃の御伽本
霜夜なり挿し木の覆ひ古筵
19句/202句
「竹の花」 第七号 (二○○五年)
雑俳七十句
雑木山簪化粧藤さがり
熱気球夢ひとときに住む宇宙
倒れ稲鎌持ち出し老農夫
こと更に蝉鳴くばかり山の宿
幼き日兄弟姉妹遠花火
惜別や迷ひし手紙馴染みの娘
月天空眠らぬ夜ぞ摩天楼
酒買ひの妻見ぬふりか冬の月
過疎の里ひゆるひゆるひゆるり祭笛
大梅雨や流れ失せたり堰の板
豪雪地此の世万物息潜む
山畑南瓜の蔓の地を這へり
野良猫や枳殻の塀越へられず
老母また古セーターを解きにけり
水打ちて石の呻きを訊ねけり
揚花火音散るさまの貼絵かな
北国や牛安産の春近し
かなぶんの捨て身の如く突撃す
名庭や箒目に水流しをり
雨の中モダンに立てる案山子あり
帰り来て昼膳茶漬冷奴
高千穂の峰々響け神楽舞
安宿や残暑厳しき四畳半
昼寝児や裄丈ほどにバスタオル
木漏れ日やまだ薄あおき葡萄棚
帰省子や百足走りし古屋敷
婆曳ける小魚車春湊
リストラや線香花火水盥
遠灯り訪ね訪ねし初盆会
腕白よ帰宅を急げ雪の暮
今ひとつ気になる儘に端居せり
過疎村や盆の客など見へぬまま
蜘蛛の子を散らす如くに夕立来る
古農家や土間冷え膝に針を打つ
下校子に追ひ出されたる飛蝗かな
寒稽古息深々と正座する
花火果て人波川の如流れ
時経れば何れ我が身か墓洗ふ
雷の吠えて一空墨となり
闘病や友訪ふ時を失ひし
敬老の日とて買ひけり和菓子折
二次会や喉すり抜ける心太
年頃や日焼け嫌ひと蚊喰ひ痕
幼な児を背なに自転車風車
熱帯夜跳ね返したり肌布団
古日記銀杏栞の二三枚
台風の逸れて白波磯泊
忍び寄る蝉採り帽子塀の外
春雷や田舎浄瑠璃囃子衆
甚平やはみ出る程の布袋腹
凩やひと重の袂握りしめ
新涼や豆腐の角の際立ちぬ
台風の狙ひ来る牙漁家かな
原爆忌あの日の如く晴れにけり
山清水汲みて下界を思い出す
戒名の墨黒々と墓参る
凩を病後の身とて恐れけり
送り火の上堤行ける初冬かな
向日葵へ水を浴びせて夕待てり
胎の子よ凩吹くが聴こゆるか
猟犬や獲物は何処ススキ原
樽出しや待ち兼ねゐたる舌鼓
野仏や笑みそれぞれに彼岸花
蜘蛛の囲やがんじがらめの虫二匹
屋台出て夕立を走れ男衆
四国路や遍路夫婦に氷雨降る
豪雨きて稲田は海と成りにけり
着古しや父の甚平丈直す
大ムカデ宝物納戸守りけり
熊蝉の蟻大群に曳かれ行く
70句/272句
「竹の花」 第八号 (二○○六年)
雑俳八十句
梅雨寒や喉に詰まりし痰を切る
窓叩く音の弾けて梅雨に入る
梅雨の間や手芸の糸の縺れけり
職失くて独り身のまま梅雨に病む
梅雨入ると云えど波乗る男あり
長梅雨や取り付かれたる蔵書読む
梅雨空の孤村一峪覆ひけり
空梅雨や畑に芽を出す草もなし
梅雨最中独居の時間弄ぶ
空梅雨や堰板役にたたぬまま
梅雨寒や介護施設へ田舎バス
遅梅雨や豊穣祈る巫女の舞
梅雨晴間何処で借り来し女傘
座布団を勧めて濃茶梅雨の客
梅雨冷や合羽男の田見まわり
幽墨の山水画となり梅雨晴間
梅雨の旅廊下軋むや古旅籠
夜濯ぎや水音走る梅雨の闇
梅雨の旅軒に吊せし宿の傘
梅雨明けや駅に戻りし傘二本
笹の葉に寝たる初鮎貰ひけり
惜春や二十歳の夢は消えぬまま
神官の袴裾上げ梅拾ふ
流れ来る蝌蚪や幾匹ゆるゆるり
蜘蛛の囲の飛び来る虫を絡め獲る
蝶となる日は未だ遠き毛虫這ふ
捨て傘を背負ひて立てる案山子かな
松枯れて極暑の日々を恐れけり
待ちわびし零餘子の玉の酒宴かな
鳳仙花豪雨に種をもがれけり
はるのひやひらがなだけのごしちご
花冷えや伸ばしたりない七分袖
薄物や襟立て待ちし初列車
過疎駅や夏のみ貼りし時刻表
夏苔や大樹の下の一里塚
遠近の全て見えけり蜻蛉の眼
夏宿の湯上り客や下駄の音
遠山を一網打尽鰯雲
野仏の飾りなりけり曼珠紗華
頑なに生きて裸身や大晦日
早苗揺れ確かに見たり風の道
春風の姿ぞ見たり破れ障子
月出でて代田に映る影揺るる
鷺草や飛び立つ風は何処から
朧なる夜に友逝く報せあり
分かれ道斑猫なれど迷ひけり
手繰られて息つく間も無き鵜飼かな
茄子もぎて隣へ留守を頼みけり
時雨るれば羅漢の頬に涙かな
狂ひたる季節戻りの桜かな
細き指三つ四つ荒れし晦日かな
異人墓地誰れぞ供へし百合一把
夜濯ぎややつと双子の寝たる部屋
椅子にはや老母陣取り遠花火
夏痩や骨に冷たき腕時計
春眠や猫の親子は箱の中
蛍火の灯る時間や伽噺
綿菓子や膨らみ過ぎし夢の果て
点滴やメモリ進まぬ冬の床
聴診器喉笛呻く雪の夜
蒲公英の毬を解きし風もあり
沈む陽の代田幾枚焼きにけり
托鉢僧土塊足袋と草鞋かな
紫陽花の色未だ淡く雨上がる
老ひの身や一病抱きて冬に入る
つばくらめ宙返り見せ戻りけり
露玉の迷ひて寄りて離れけり
朝曇りして春の旅戸惑ひぬ
病み上りベルトの穴を探しけり
年振りて盆提灯の破れけり
クリスマス辻に坐りし人相観
肩揚げを下ろす娘や夏祭
捨て苗や畦の上にも三四株
露草やいつまで続く紫色の世
慈雨なれど待ちかねてをり種撒く日
花見客出店の暖簾缶ビール
菜殻焼く小村の煙夕間暮れ
荒梅雨や子山羊一頭納屋の奥
石畳ゆるり渡れり瑠璃とかげ
痩身の男やもめや冬仕度
80句/352句
「竹の花」 第九号 (二○○七年)
雑俳八十句
街師走靴音騒ぐ交差点
初霜や水道水の台所
老母なほ風邪の床なり卵酒
今ははや忘れられたり置炬燵
夫の名の消えし表札年暮るる
ほどけゆく冬日の中にひとり座す
雑念にまみれし者にも年暮るる
病み明けて注連掛け釘を打ち直す
和綴本新春恒例能舞台
初詣木沓の音に笙と笛
手探りの男料理の雑煮かな
煮凝は死語となるらむ電気鍋
独り身や買い求めたる節料理
探梅やバスの吐き出す客一陣
捨て鉢に芽の出る気配春を待つ
風を呼び風に追われて野火走る
落城といはぬばかりの野焼かな
投げ入れやただひと枝の桃の花
職退くや尺取虫の如き我
春雷に孫の眼の回転す
花冷や子連れの猫は樽の中
花吹雪孫は銀幕主人公
現し世や働き蜂に休暇なく
春風やペットボトルの風見鶏
山葵田の冷たき水に背を正す
雨降れば薊の刺の丸くなり
桜散る土手を柩の進みけり
風も良し茣蓙敷き直せ花見客
ホームレス城を背負ひて花見酒
行く春や素足に水を注ぎけり
囀りに編目をひとつ落としけり
兎も角も新茶を飲めり老ひの旅
枇杷熟るる噂を聴きし烏かな
大梅雨や川音にぶき此の三日
大梅雨や介護夫婦を閉じ込めり
厳冬やされど使わぬ綿布団
豪雨来て河赤々とうねりけり
梅雨長し野良着の衿のへたりけり
待ちゐたる梅雨ぞ天空破りたり
大台風男の傘のしなりけり
梅雨明くや浜から届く塩の風
葉の裏は何処の世界蝸牛
鮎川や投網の鉛空に飛ぶ
夏衣探し茶箱を開けにけり
夏草や痩せたる畑にも茂りけり
不揃ひの胡瓜買ひけり無農薬
下校子やれんげ首輪の道祖神
瀧行の僧の震へに手を合わす
夕立や斑に叩く墓の石
蝉の声僧衣の袂膨らみて
孤独死の柩出てゆけ蝉時雨
刈り捨ての葦束縮む極暑かな
極暑なり日傘手にする男ども
行く先を忘れさせたる猛暑かな
地下道へ極暑逃れて潜りけり
噴水や飛沫の中の三輪車
托鉢の足もよろける極暑かな
炎天下途切れ途切れの蟻の道
冷奴箸で崩して食べにけり
数分の読経頼みて盆迎ふ
走馬燈辻の地蔵に供え餅
思い出を何か残せり走馬燈
食卓に蒸かし芋二個終戦日
原爆忌知らぬ他国は戦せり
朝市の秋刀魚ひと皿旅の宿
減反やコスモス名所また生れ
秋茄子の尺より長く揃ひけり
閉鉱の煙突二本月挟む
鎌軟きままに出にけり子蟷螂
赤き眼の秋刀魚を避けて買ひ戻る
初霜や単身赴任の台所
納屋裏に長寝のままの案山子あり
稔り田に鳥除け目玉宙返る
崩れ行く誰が人生ぞ大晦日
櫨並木蝋採る時代の話あり
最終の無人駅なり泥大根
時雨るれば名所旧跡見落せり
冬嵐枝を捥がれし老樹かな
点滴の雫に似たり冬の恋
寒風や街路に並ぶ募金箱
80句/432句
「竹の花」 第十号 (二○○八年)
愚者正伝第二部(俳句後期)
(問 一矢・播磨固生・緑星子・橋口成幸)
緑星子雑俳集
二〇一二年~一九九八年
そのほか (二〇一二年以前)
雲の峰空に陣取り梅雨明ける
火山灰降ると爺の言あり干し大根
夜店来て焼きゲソたれの雫かな
野仏の頭巾替はりて代田掻く
新園児列の行きけり初散歩
夕月や病む身は日々に細くなり
戒名の文字薄れたる墓洗ふ
荒海や奇岩の幾つ遠近に
足裏に微かな湿り梅雨畳
春風やうたた寝誘ふ縁の椅子
油照り避けて木蔭や摩崖仏
水不足我慢なれども髪洗ふ
四股踏んで獲物待ちをり女郎蜘蛛
蝸牛揺すりて家を運びをり
カモメ鳴く声をまとひて帰港せり
夏風邪や行の進まぬ日記あり
梅雨寒やコンクリートの廊下あり
蠅ひとつ追ひてよろける翁かな
雷鳴に子らは風呂より走り出す
寝着のまま過ごす秋の日湯治客
短夜や暇持て余す独り者
艶やかな柄の夏服還暦寿
葉隠れの熟柿をカラス盗みけり
畑仕事終りを知らせ寺の鐘
霜柱紙漉人の指赤き
春いまだ声主何処籠の鳥
障子紙ちぎりて貼りし団扇かな
梅雨河原白泡吐きし堰もあり
鏡台の向き変へ晴れ着確かめり
夜通しの激しき雨や濁り水
下校子や怯え眺むる熊ン蜂
心太出されて安堵旅の宿
青葉ずくまだ残されし楠林
満開やまさに舞台の花吹雪
木枯しや木の実埋まりし城址あり
大銀杏はらりはらりと葉を落とす
紫蘇の実や佃煮添へる握り飯
木苺を集めて孫へ送りけり
膝頭水に濡らして芹を摘む
雨意の風畑より戻る老農夫
包丁の油波紋やマグロ刺
捥ぎたての胡瓜の棘の柔きかな
夜桜の友待つ男と徳利かな
桜道双子を連れし乳母車
丑の日を待ちて鰻を買ひにけり
額の花生けて帰省子待ちにけり
盆僧の風に踊りし法衣かな
冬の夜や寝たる老母に氷割る
漁り船陸に上がりて夏祭
ラムネ飲む毬栗坊主ランニング
虫喰の青紫蘇刻め冷やし麦
長き夜や若者どもの彷徨へる
長患ひ窓辺の花とかたりをり
枕木を夏草覆ふ過疎地かな
夏草や単線枕木ひび割れり
大波に漂ふ孫と浮き輪あり
芋蔓の雑炊茶碗終戦日
柿の実を山鳥たちに残しけり
鬼灯の風船吹けぬ娘らもあり
仮縫ひの鏡見る娘も嫁ぎけり
日盛りや我が影無くて立ち竦む
雨蛙座して浮き草動かざる
還暦や尺取虫の勤め人
鉄砲水季節はずれの台風来
寄せ墓にドクダミの花盛りなり
すれ違ふ蛇の目の傘の浴衣かな
車椅子老母を夜市案内せり
虫喰ひの二つ三つある冬着かな
荒梅雨や約束またも陽を延ばす
俄か雨気になる孫の小遠足
病みあがり庭恋しくて花を買ふ
野鳥来て味見してをり杏の実
屋上に提灯あかりビール祭
職退けば背広いずれも野良着かな
畦道に野仏黙して座りを居り
木漏れ陽や茂れる枝葉すり抜ける
冬木立ビル刺す如く枝を張り
節分や隣人留守に豆を撒く
薫風や介護夫婦の散歩道
へんろ路や傘と傘とがお辞儀せり
木枯しや襟たてバスを待ちにけり
野鳥来て触れて落ちけり藪椿
曲水の宴に似合ひの野立てかな
夜桜や茣蓙引き寄せて酒を酌む
減反や蓮華畑の増えにけり
厨窓夜明けの月と貝割れ菜
台風の来るとて戸窓に釘を打つ
花嫁の帯の刺繍や薔薇二輪
水温む日を待ち居たり鉢覆ひ
初詣柄杓の水に清められ
一陣の風の仕業ぞ木の葉髪
なにくれと無事の便りや盆休み
睡蓮の咲く音聴ける散歩かな
いざ飛ばむ風を待ちけり芒の穂
桜花煙りて舞へり地蔵堂
同窓の不報続けり盂蘭盆会
手花火を持ちたる孫を背負ひけり
遠雷や雨に弾みし蜘蛛の糸
新畳とて大の字に寝ころびぬ
襖開け夏風入るや奥座敷
文化の日童唄など聞こえけり
春愁や待ち人無くて座りをり
初浴衣ホームステイの異国人
打水に蟻の行列乱れけり
嫁とりて稲田三枚分家かな
今生の別れや老農種を蒔く
噴水の風船玉を弾きけり
緑陰やゲートボールの椅子二つ
口伝の祖母の仕草で蕨揉む
春暁や畦に鍬持つ老農夫
幽墨の筆ひと描きや梅雨の山
同窓会袖に隠せし香袋
冬峠今も残りし轍痕
雪解風錆び鉄橋を吹き抜けり
夕焼けや何処から来る童唄
除夜の鐘聴きて白寿の翁座す
蝙蝠よこれにぞとまれ投げ帽子
草笛の音色さまざま下校する
銀杏路白杖ひとり歩みけり
春霞夕陽も淡き海の面
足元のげに明るかり星月夜
焼き茄子や料理上手の妻は留守
逢うことが約束となり天の川
墓彫りし音の鈍さや彼岸花
春風を胸にも背にも入れにけり
過疎の村まだ残りをり集会所
走馬燈揺れて佇む町屋かな
衣替えして子らの声弾みけり
古代蓮環境破壊の世ぞ知らず
村二つ紅葉谷ごとダムの底
鳳仙花軽ろき風さへ待ちにけり
若鮎の腹ひからせる流れかな
花冷えや待合室のレザー椅子
メーデーの靴音遠くなりにけり
風無くもはらりと脱ぐや竹衣
指先の如何に荒れなむ妻の冬
母九十めじろくる庭今日も待つ
外に出よと誘い来にけり揚羽蝶
美容室出でて春風うなじかな
湯上りの宿の座敷の単衣かな
梅雨空やまだ消え残る虹の橋
行く春や墨画の中に小村あり
春愁やひとり巡りの武家屋敷
短夜や返事待ちたる友は逝き
花冷えや昨日仕舞ひし服を出す
芍薬や気になる人の帰省あり
夏痩せや身に太すぎる腕時計
紫陽花の連なる路ぞ寺に入る
春雨や片腕濡らすもやひ傘
片蔭の無くて歩幅の縮みけり
梅雨寒や待合室に老夫婦
晩鐘を聴きて子規をば想ひだし
流鏑馬や馬場道覆ふ夏木立
堰溢れ鯉の二三が流れけり
機械など入らぬ棚田代田掻き
滝枯れて静寂となる名所かな
棘先に水玉もあり雨後石榴
田起こしや土くれ削り田水引く
雲切れて鏡になりし代田かな
病む脚をさすりさすりて春を待つ
病む母を見舞ひて今年も暮れにけり
菱の実や盥の上に摘み女あり
夏椿葉裏に蜘蛛の棲家あり
晩年はかくもありたき端居かな
梅雨なれば夜勤の妻を送りけり
過疎の冬藁屋根ひとつ残りけり
かがり火を受けて烏帽子の鵜匠かな
並木路は黄絨緞の銀杏なり
梅捥ぎて指に針立つ痛みあり
風見えて障子はずせり夏座敷
萬緑や都会を逃げてひとり旅
五月雨や池面に鯉の鼻並ぶ
上げ花火満天星座押し絵なり
火の粉散るどんどの稲田児らの声
七変化愛でて寝にけり母の顔
行列やしかと眼につく稚児は孫
枝豆の筋取る妻や背に赤子
いま採りしムカゴの玉や卵和え
儚くも弾ける生活鳳仙花
柳川の花嫁舟や五月晴れ
職退きて梅雨のひと日の長さかな
軽ろき身を風に任せり芒の穂
電柱に我がもの顔の烏かな
初霜や受話器取る手の悴める
春暁や一番鶏より先に起き
山清水盥のトマト冷えにけり
乳呑児や母の匂ひを探しをり
百八の梵鐘鳴りて晦日かな
ほうたるの青きひかりや田舎道
風紋の砂丘越え行く駱駝かな
届きたる浴衣に母の匂ひあり
寄せ植えの小さき盆の宇宙かな
湯上り女細き足指宿の下駄
春風や胸のボタンを掛け忘れ
打水や箱庭続く石畳
独り居や西部屋狭き梅雨湿り
街の娘や膝上三寸衣替
湯上りや娘の髪に似合う櫛
残暑なり首筋黒き道普請
豊作を願って踊れ風の盆
薄物や娘の姿風となる
極暑来てペットボトルにすがりつく
手を打てば緋鯉の群れぞ集まれり
朝霧の山肌舐めて移りけり
山宿に来て出会ひけり蜆汁
花曇りなれど行楽客のあり
梅雨煙る村に残れり無人駅
蝉時雨赤子の眠りさめぬまま
愚者正伝第一部追加(俳句前期)
(問 一矢・播磨固生・緑星子・橋口成幸)
緑星子雑俳集
一九九七年以前 八十八句
そのほか (一九九七年以前)
訪ね人羽織をとりて酒を酌む
賀状なり忘れぬ友の顔写真
焼き締めの器も軽ろき舌鼓
どんど燃ゆ門の飾りも灰となり
湯豆腐に腹膨れたり酒の燗
路地裏も振り袖姿羽根を撞く
雪降るや遥かな故郷父と母
しもやけや赤き小指と井戸の水
初釜の貫入激し徳利かな
霰来て子連れし母の歩ぞ鈍る
寒気来て褥の中で海老となり
春一番落葉の舞ひし吹き溜まり
挨拶の声弾みたり入社式
約束の器買ひたり陶器市
電話口か細き声ぞ老ひし母
寒風に窓の隙間を直しけり
大雨も取り残したる礎石かな
氷雨なり傘無きままにバスの列
夕立を斜めに避けり笠地蔵
ぜい鳴に喉震わせる氷雨かな
菊供へし地蔵の祠曲がり角
ベランダの鉢の実赤き師走かな
寒月や殊更白き帰り道
節分や昨夜追はれし鬼の面
春立つ日背伸びの猫の五尺縁
幼児や豆で追ひ出せ鬼の面
春風や出会いの女の目に涙
墓洗ふ後姿の曲がりをり
どの墓も花生けられて彼岸入り
彼岸来て年に一度の里帰り
明日待てば遅しと思ふ花見かな
春愁や受験間近かの子を急かす
御仏の座せるその前金盞花
春の蚊やひょろり出初めし夕餉時
カササギや忙しく通ふ巣作ろひ
まだ来ぬと待ちに待ちたり花吹雪
筍を土産にせむと里帰り
迎え撃て風はたはたと武者幟
田植え機や昨日そこの田今日何処
紫陽花を愛でて辿るや遊歩道
滝飛沫浴びて逃げたりカメラ客
台風の今目の中や青き空
台風のはや近ずけり隙間風
前触れのそのまま来たり大台風
台風やローソクの火の伸び縮じみ
老木や台風去りて折れし幹
台風過背低くき野草の残りけり
木洩れ日の入りたる陰や額の花
滝壺に踊れる水や梅雨最中
ばく風や紫陽花の房傾きぬ
蓮の実の青きままなる古池かな
湯上りや肌すべやかに秋となり
名月や有明海を明るうす
子規の地に来て眺めをり宿の月
デンデケのエレキの音やクリスマス
がやがやと開く店ある師走かな
煮凍りを起こして喰へり輪大根
灰色の雪片舞ふや床の中
手火鉢の灰に隠れり祖父の芋
生く価値のわかれ道なり老ひの冬
母と児の言葉奪へり流行風邪
凍星のきらきらきらり明日は晴れ
ボーナスの振込みと言ふ笑止かな
餅喰って五十の臍とおもひけり
白椿落ちて吐く息列なせり
忘れたる湯船の蓋や寒鴉
干し布団胸ほこほこと応へけり
燈篭の石温みたり梅日和
囀りに起き囀りの夕餉かな
きりきりと氷鳴きたる麦茶かな
胸元やこころもとなき夏布団
節水や古き団扇の骨緩む
今日こそは忘れてならじ日向水
七夕や願ひはほんの五つ六つ
しろじろとしろじろと有り今日の月
台風一過何処に隠れし蜻蛉かな
吸う息に胸そこ痛き寒夜かな
簪や梅の蕾のまだ固き
老梅の枝地を這へり高伝寺
冴えかえる単身赴任の辞令かな
引き寄せて慣れぬ火鉢や花見番
土筆和舌に覚えの昔かな
薫風院釈逍遥居士父逝けり
百合置けば棺の父の寝顔かな
飛び降りてまだ動けずやカケスの子
足の指そらして梅雨の明くを待つ
蔓引きてこぼれしムカゴ探しけり
落栗やひとつだに無きけもの道
〔編集後記〕
ここに収録した俳句は、働きながら詠んだもので、『全電通九州文芸』誌に投稿したものと、退職後に労働者仲間の文芸誌『竹の花』に投稿したものです。
俳句を作り始めたのは、退職する四・五年前の五十歳の頃です。同じ会社を退職されていて、俳句に詳しく知名度もあった稲富義明氏(当時佐賀県鹿島に在住)から一年弱の間、月に一度の指導を受け、俳句会誌『初蝶』を五年間欠かさず購読し会員として毎月八句投稿しました。一度も投稿を欠かさず、毎月読む俳句数は二千句を超えていたと記憶しています。それで年間二万四千句、五年間で約拾万二千句を学習したことになります。投稿の最初は二句選ばれるのがやっとでしたが、終わりの頃には五句選ばれることもあり、通常は四句選ばれました。
その後「一体本当の俳句とはどういうものか」と疑問を抱き、図書館で俳句関係の本を沢山借りて読みました。その中で清水杏芽氏の『俳句は「切レ」がいのち』という本に出会いました。「切レのない十七文字は俳句ではない」という主張を明快な説明で示され、そのことに私は心から感銘を受けました。清水杏芽氏に手紙を書いたり、「本当の俳句とは何か、俳句の成立を決定するものは何か」について考えるようになりました。
「切レ」を意識したのは二〇〇六年頃で、それ以前の作品を手直しして今回収録しました。私の『緑星子俳論』に詳しく書きましたが、殆ど清水杏芽氏の理論を、私なりに解釈した学習資料に過ぎません。この資料作成についても清水杏芽氏に手紙で事前に報告しました。
以上のような経緯で私の俳句つくりは続いています。またブログ「本気で俳句に挑戦」で公開し、俳句に興味をもたれる方へ「伝統俳句への理解」を呼びかけています。
〔私が学習のために手にした本(図書館本を含む)〕
01 ホトトギス新歳時記 稲畑汀子編 三省堂 1989 (第9版) ¥330
02 季語・季題よみかた辞典 大高利夫編 紀伊国屋書店
日外アソシエーツ株式会社発行 1994 (第1版) ¥19800
03 古語辞典・新版 松村明外 旺文社 1987重版 ¥1800 (古本350)
04 全訳読解古語辞典 (第二版・小型版) 鈴木一雄(代編)
三省堂 2001 ¥1980(古本350)
05 新撰子規俳句集 千葉鬼村編 金星堂 大正14 ¥壱園五拾銭
06 俳句の作り方 辻桃子著 成美堂 1988 ¥920
07 句会入門 古館曹人著 角川書店 平成1 ¥1100
08 俳句文法入門 石原八束監修 飯塚書店 1989 ¥1515
09 俳句の在り方 小阪螢泉著 新樹社 昭和51 ¥1500
10 私自身のための俳句入門 高橋睦郎著 新潮社 平成4 ¥950
11 俳風動物記 宮地伝三郎著 岩波書店 1984 ¥430 (古本200)
12 現代俳句鑑賞辞典 水原秋桜子編 東京堂 昭和58 ¥2800 (古本1500)
13 俳句は「切レ」がいのち 清水杏芽著 沖積舎 平成5 ¥2300
14 俳句工房 清水杏芽著 牧羊社 昭和59 ¥2800
15 俳句 -四合目からの出発- 阿部筲人著 講談社 1990 (11版) ¥1000
16 俳句入門三十三講 飯田龍太著 講談社 1988(5版) ¥800
17 現代俳句 山本健吉著 角川書店 平成1(改訂21版) ¥600
18 評論集 俳句の世界 小阪蛍泉著 万燈社 昭和47 ¥700
19 素十・「初鴉」に学ぶ 小林貞一郎著 永田書房 昭和57 ¥2500(古本1000)
20 現代俳句の面白さ 飯田龍太著 新潮社 1990 ¥880
21 正岡子規 -人と文学- 越智道敏著 愛媛文化双書刊行会 昭和61 ¥1600
22 子規の夢 -人と生活- 越智道敏著 愛媛文化双書刊行会 昭和55 ¥1600
23 江國滋俳句館 江國滋著 朝日新聞社 昭和61 ¥1000
24 俳句哀歓 石田波郷著 宝文館 1992 (3版) ¥1500
25 芭蕉の恋句 東 明雅著 岩波書店 1979 ¥320
26 尾崎放哉(随筆・書簡) 春陽堂 平成3 ¥650
27 句集 烽 稲富義明著 オムロンプリント株式会社 平成7 非売品
28 句集 海女 小原青々子 西日本新聞社 昭和62 ¥2700
29 句集 対馬へ 西山くにお著 天籟俳句会 平成10 ¥2000
30 おくのほそ道(全訳注) 久富哲雄著 講談社 1989 (11版) ¥700
31 別冊太陽 No.16 俳句 平凡社 1976 ¥1500 (古本900)
32 アサヒグラフ増刊 3281号 俳句の世界 朝日新聞社 昭和60 ¥1000