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愚者正伝第三部(俳句評論)

     (問 一矢・播磨固生・緑星子・橋口成幸)

 

 

 

   俳句評論

     「切レ」と俳句の生体

         ― 清水杏芽氏に学ぶ―

 

                         播磨固生

   「切レ」と俳句の正体 

          ―― 清水杏芽氏に学ぶ ――  

 

『俳句は十七音字と「切レ」とで成立する一行詩である』

 

『「切レ」のない十七音字は俳句ではない』

 

《はじめに》

 この資料の内容は、清水杏芽氏の著書『虚子も蛇笏も俳句を知らなかった』(島津書房)及び『俳句は「切レ」がいのち」』(沖積社)をもとに、「本当の俳句とは何か」について自学のためまとめたものである。というよりも「はじめに」と「あとがき」以外は一部分自分に分かりやすい表現に言い換えたが、清水杏芽氏の著書から全て抜き出したと言うのが正しいだろう。

 従って職業俳人や同人に議論を迫られたら、全てについて専門的な理論を駆使して即座に答えられる知識も技量もない。これは「逃げ」ではなく、私が俳句学習歴わずか五年ほどの初心者の一人に過ぎないからである。私と同様に多くの俳句初心者が、少しでも芭蕉や蕪村や子規の残してくれた本当の俳句に触れ、近づきたいと願うならば、清水杏芽氏が基本理念といわれる『俳句の生命である「切レ」』について、真摯に学習し理解する必要がある。なぜならば既存の多くの俳人や俳誌の俳句理論から、身近には巷の句会で出会う先輩諸氏から、「本当の俳句」を学ぶことは出来ないだろうと確信するからである。

 

 清水杏芽氏が俳誌への投稿や自分の著作を通して行った「俳句でない作品」についての問題提起に対して、現代俳人の誰一人として文学的理論で明快な見解を明らかにした者はいないようだ。この事実を知るとき、現在の俳壇に私は多くの疑間を抱かざるを得ない。

 清水杏芽氏の言葉を借りれば、「本当の俳句」の追求は俳句革新であり、俳句改革であり、俳句の姿を本来の形に戻すための提起そのものだということに、私は心から賛同していることを、この資料の最初に表明しておきたい。

 この私の表明は「本当の俳句」議論から逃げるのではなく、私の知識が清水杏芽氏の理論を越えるものでは全くないことを明らかにしたまでである。

 またこの資料作成の目的は、国内は勿論のこと海外の俳句学習者や愛好者にも、日本文学「俳句」の真の姿について一考してもらうためである。この資料が本当の俳句愛好者を創造するのに最も有益であることを私は確信している。

 なお清水杏芽氏の許可を得て国際語エスペラントに翻訳する予定である。世界中で日本語とエスペラント語を理解する俳句愛好者がこの資料を読めば、本物の俳人は外国からやって来ることになるかも知れない。

一.俳句(発句形作品)と俳句でないもの

                    (付句形作品)

 

 この百年間に発表されている「俳句」には、発句と付句の区別が全く無くなってしまって付句が発句として詠まれてしまい、発句と付句の差がつかなくなってしまっている。いったい全体虚子以後のこの百年の俳壇はどうなっているのだろうか。

 

 発句は歌仙では三十五句を、五十韻では四十九句を、百韻では九十九句を率いているもので、例えば汽車の蒸気機関車や電車の電動機関車に相当するものである。付句はそれに続く客車や貨車の車両と言える。機関車の機能や使命は車両のそれとはっきり異なり、車両は機関車には決してなれない。付句形作品は俳句ではなく、単に十七音と季語を持っているのにすぎず、機関車の動く力に相当する力(「切レ」或いは切字)を持っていない。「切レ」のない作品を仮に付句形作品と呼ぶことにする。

 

 発句形作品は俳句であり、発句にある特性機能を持っていて十七音の中に「切レ」を持ち、季語を持っている。従って付句形作品は端的に表現すれば「俳句モドキ」(仮称)ともいえる。「付句」は永久的に「付句」であって決して「発句」とはなり得ないのである。

 現代俳人達は、発句形作品と付句形作品との区別がつかないばかりか、まるでその区別意識がないかのように、全て発句形作品と思い込んでいるようである。これらの俳人達の結社所属の俳人

(同人等を含めて)、或いは一般の俳人や俳句愛好家は、この百年間に幾千万人存在したか、その人数を容易に推測できないが約一億人いたとすれば、この一億人全てが本当の俳句を知らなかったことになる。その代表として虚子や蛇笏がいたことになる。

 清水杏芽氏は「俳句とは何か」を追求し、思索した結果、『俳句は十七音字と「切レ」とで成立する詩である』という結論に至り、この解明によって発句形作品と付句形作品の差異をハッキリと区別し『「切レ」のない十七音字は俳句ではない』と言い切るようになった。俳人達の速やかな自覚と反省により、廿一世紀は総て「本当の俳句」を以って出発すべきであると主張している。

 

 『「発句」即ち「俳句」』は正岡子規が決めたものだが、「俳句とはなんぞや」という俳句成立の文学的解釈は明確に論証されていない。高濱虚子も長い間大御所として日本の俳壇に座していたが、「俳句とは何か」について遂に一回も明らかに示すことなく、こうした思索を避け哲学を避けて通ってしまったに違いないと思われる。

 動詞活用や変化についての正確な日本語の使用に留意していたら、「俳句」(発句形作品)と「俳句に似て俳句でない作品」(付句形作品)とを区別出来た筈だと清水杏芽氏は推察する。

 

 清水杏芽氏は俳句を始めて二十年を経過した頃、俳句表現形式に二通りあることに気付き、以来「俳句とは何か」「俳句成立のメカニズムは何処にあるのか」を追求し、その解明に努力した結果俳句の原理を解明自得したと自著で述べている。

 俳誌「俳句四季」誌上に『「切レ」のない十七音字は俳句ではない』を発表し、その後多くの自著を出版して俳句の改革を目指した。その間賛同者はあったが、一回も反論を受けたことがないという。

 なかでも問題なのは日本語の正確な知識の欠乏、日本語の

正確な使用の欠如、使用した日本語の正確な解釈の不能が原因で、作品が俳句に仕上がらず、付句形作品に終わってしまうことである。俳句が日本語で綴られる詩であるにもかかわらず、有名俳人達の日本語の誤用は、日本語に対する知識の貧困さを示すものである。

 

 俳句の日本語は文語を用いている。それなのに俳人のいったい何人が独自の文語勉強をしているだろうか。先達作品の「みようみまね」で、文語らしきものを駆使して俳句を詠んでいるのではないだろうか。早い話が、俳句を詠んでいる一般俳人の中には、動詞や助動詞の活用変化による言葉の機能の変化を知って使用している者が何人いるだろうか。

 正岡子規の「発句」を「俳句」と改称して始まった筈の現代俳句は、すべて発句形作品でなければならない。発句は「切レ」(或は「切字」)と季語を備え、十七文字で成立しなければならない。従って「切レ(切字)」は必須不可欠の条件である。

 一方「切レ」のない作品は、説明・描写・記述に終わり独立性・簡潔性を欠き、それ自体では不十分で付句形作品というべきである。これでは正岡子規のいう「俳句」にはなり得ない。

二.俳句の原形(典型)と俳句成立の条件

 

 松尾芭蕉の言う「金の延べ棒を打つが如し」とは、一句(節)一章の作品のことで

○○○〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇「切レ」 

    下五に「切レ」があって成立する作品

 松尾芭蕉の言う配合或は組合せによるものとは、二句(節)一章の作品のことで、二種類あり

〇〇〇〇〇「切レ」〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

   上五と中七の間に「切レ」があって成立する作品

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇「切レ」〇〇〇〇〇

   中七と下五の間に「切レ」があって成立する作品

 なお、倒置法により一句一章が二句一章の形をとることがある。つまり下五(「切レ」を持つ)が上五に来て、上五中七がそのまま中七下五の形をとるものである。この時下五が動詞の終止形で「切レ」ている場合に上五に持って来ると、この動詞の終止形が、そのままの終止形では通用しなくなる場合が生じる。

 

 これは終止形と連体形、或いは終止形と連用形が同形である動詞の場合が存在するからある。例えば四段活用、ラ変活用、下一段活用、上一段活用であり、特に留意をすべきところである。

 俳句には前記の四つの形しかなく、あとはその応用或は変形である。廿一世紀の俳句は『俳句は十七音字と「切レ」とで成立する一行詩である』という基本原理を踏まえて詠まなければならない。そして『どうすれば「切レ」るか』は、各人により探究されねばならない世紀の課題である。

 かって「俳句って何?」という題名を持つ書籍が、石寒太・嶋田麻紀・辻桃子・中原道夫・復本一郎等の編で発行された。この命題は誠に哲学的思考であったが、期待に反して一般的常識設問に対する解説であり裏切られた感じで残念だった、と清水杏芽氏は振り返っている。

三.諸俳人の「切レ」(切字)観と俳句考

 

 著名俳人の著作の中から「切レ」や「切字」に関する記述をひろいだし、その俳人達の理論の誤りや、「切レ」に対する認識不足について、具体的な項目を示して批評し、また解説している部分を、清水杏芽氏の著書から抜き出してみると次のようになる。私たちのような初心者にも実によくわかる説明である。

 

 宇多喜代子‥毎日新聞(平成四年十一月十一日付)

 「俳句TOPICS」(純粋読者の目)の一文

 『例えばアマチュアが短歌をつくってみようとしても、これにはある程度の教養が必要になろうから、即座に実作というわけにはゆかないだろうが、定形と季語という器をあらかじめ用意してどうぞお始めくださいと言えるのが俳句である』

 ・・・はたして「定形と季語という器』だけで俳句が出来るだろうかと清水杏芽氏は問いかける。

 飯島耕一(詩人) ‥毎日新聞(平成二年九月一日付)

 「玉城徹氏へ定形詩をめぐる書簡」の一文

 『つまり、短歌俳句の場合であれば、どんなに凡庸、月並みな詩想でも、五七五七七とか五七五の鋳型に流し込めば、それなりにモノになってしまう』

 

 ・・・はたして「鋳型に流し込めば」俳句が出来るだろうか。

 

 草間時彦‥著書「私説・現代俳句」の「約束の崩壊」の一節

 『俳句社会における約束で最も大きいのは切字と季語であろう。切字については「古池や蛙とびこむ水の音」は理解できないが、それを「古池に蛙とびこむ水の音」とするとよく判るという人が増えてきた。「けり」・「かな」の末尾の切字の巧みな使い方の出来る人が少なくなった。

 作者は、切字というものを読者も良く判っているということを前提として作句しているのであるが、相手の読者に判らないとしたらどういうことになるだろう。約束を絶対とするならば読者の質の低下と言わざるを得ない。質の低下を否定するならば、約束性の崩壊の前兆に気付かねばなるまい』

(省略)「古池に・・・」は「切レ」がなく俳句ではない。「約束を絶対とするならば作者の質の低下であり、作者の質の低下を否定するならば、約束性の崩壊の前兆に気付かねばなるまい」と理論するのが正しい表現であろう、と清水氏は述べる。

 

 石田波郷‥著書「俳句哀歓」より

 『俳句は、十七文字で季語がなければならないと、この二つを必須条件とされている。切字は現代ではさほど重視しない形になっている。しかし、ほんとうは俳句という詩形は十七字と切字によって成立するのである。季語の重要さはいうまでもないが、詩形の問題として切字を無視してはならないのである。

 

 長靴に腰埋め野分の老教師 (登四郎) 

 現代句であるこの一句には、一見切字がないようだが、老教師で切れている。このあとに「かな」を付けたのと同じ式の「切れ」である。長過ぎる長靴をはいて野分に吹かれ立つ老教師の姿、それ以上の言葉をおさえて一つの人間像を描きだしたものである。』

 (省略)「埋め」は「埋む」(他動詞、下二段活用、マ変)の連用形で、直後の名詞「野分」に結び付くことはなく、自然に離れており「腰埋め」で「切れ」ていて、波郷の「切れ」の理解は間違っている。現代俳人の中で最も「切字」に意を用い「霜柱俳句は切字響きけり」と詠んで、俳句と切字の関係を深く理解していると言われている人なのに残念である、と清水氏は語る。

 

 藤田湘子‥著書「実作俳句入門」より

 『戦後間もない頃書かれた名著「挨拶と滑稽」の中で、山本健吉は次のように述べています。芭蕉は時に応じては、かならずしも切字の説に抱泥しなかった。それにも係わらず「切字は確かに入ったのがよい」とはっきり言っているのである。』

 切字によっては確かに切れるのが発句の本体だからである。切字を無視し「や・かな」を忌避することによって現代俳句は饒舌となり、句型の脆弱化を導いていることは争えない。それが結局俳句の抒情詩化・永言化となるのだ。

 

(清水氏は語る) 「句意を豊かならしめる為に句中に断止の音節を設け、意識の流動を中絶して見せる修辞」(能勢朝次氏)というのは、一応の切字の定義である。

 だが、「詩想断止の空白」は「最も活澱な詩情を醸し出す」手段には違いないとしても、もっと重大な役割があることを悟らねばならない。(省略)切字も結局、如何に言葉がどっしりと「置かれた」かの検分なのだ。言葉の堅固感・安定感・重量感への支えなのだ。それは「句意を豊かならしめる」ためより「句意を確かならしめる」ためのものである。(省略)

 

 秋元不死男‥著書「俳句入門」より

 『「切字」というものは、およそ感動を云い切るという状態に作者がおかれれば、必ず示されるものであることがわかる。従って詠嘆するとき、そのものを強調して提示するとき、願望を示すとき、疑うとき、命令するとき、呼びかけるとき等々といったように感動のさまざまの在り方と発動に従って、自然に用いられざるを得ないわけである。裏返して言えば、俳人は「切字精神」を持つ詩人のことだとも言えるのである。』

 村沢夏風‥著書「俳句のポイント」より

 『句の「切レ」のことをいうと、すぐ「や」「かな」「けり」という「切字」のことが出てきます。そのほかの字でも句の区切りとなる「切れ」の働きをする場合があり、「切字」と同じ効果を生むことがあります。句に奥行きを出したり、詠うべき内容を強調したり、無限感をもたらしたりする効果を切字は示します。』

 磯貝碧蹄館‥著書「俳句の心実戦的作句教室」より

 『俳句は、有季定形の詩であるが、格調を重んじる。一句の格調は、「や」「かな」「けり」などの切字によって備えられると言ってもいいほど俳句表現に、切字は欠かすことが出来ない』

 

 金子兜太‥著書「俳句・短詩形の今日と想像」より

 『切れ字は、これを俳句の約束と言う人、あるいは、俳句は切れ字の文学であるという人までいるほど、俳句にとって固有なものであり、実作上有効なものであるとされている。(省略)それらの切字を活用して得られる効果は、俳句という最も短い定形詩の特徴をフルに発揮させるところにある(省略)』

 

 岡本瞳‥NHK趣味講座「俳句平成二年十月―十二月」より

 『切字は暗示性・独立性・省略などの働きを持ち、その機能は最短詩形である俳句には不可欠のものです。また句の姿や調べを整えるためにも切字は有効です』

四.俳句ではないという証明

 

 長き根に秋風を待つ鴨足草   高濱虚子

 

 「長き根に」には場所を示す助詞「に」があるが、この「に」に

は「切レ」る力はなく、むしろ次へ続く「待つ」へと連なっている。中七「秋風を待つ」で「秋風を」の助詞「を」は、次ぎにきている「待つ」の目的語を示して「待つ」に続き「切レ」の力はない。「待つ」は他動詞五段活用だから「待た・待ち・待つ・待つ・待て・待て」と変化するので、この作品の「待つ」は終止形か連体形のどちらかになる。「待つ」の直後に続く言葉がなくて、その文章がそれで終われば終止形と理解するのは当然のことである。

 しかしこの作品では「鴨足草」という言葉(体言)が直後に続いているので、終止形と考えるのは誤りとなる。従って「待つ」は連体形と考えられる。「長き根に秋風を待つ」は修飾語となって「鴨足草」の説明フレーズになってしまっている。

 このように説明フレーズは俳諧の付句(付句の長句)であって、絶対に「発句」とはなり得ない。或いは短歌の上の句とも言うことができるだろう。付句も短歌の上の句もそれ自体では独立して存在することはできず、日本の文芸にはそれ等の所属するジャンルはない。「俳句」と「俳句に似て俳句でない作品」の区別が出来ないということは、「俳句」自体を知らないということになる。どうして「待つ」を「待ち」(連用形)にしなかったのだろうか。

 

梅雨の灯を消したる旅客案内所 鈴木六林男

 

 「梅雨の灯」「灯を消したる」「消したる旅客案内所」と一本に

続き切れ目がなく、「梅雨の灯を消したる」は「旅客案内所」を形容し説明している。「消したる」の「たる」は完了相続の助動詞「たり」の連体形なので、日本語の表現では「…したる旅客案内所」と読むのが正して、どこにも「切レ」は存在しない「俳句に似ているが俳句でない作品」ということになる。

 

 長き夜を兜太林林鉄之介   黒田杏子 

 

 どうして「長き夜や兜太林林鉄之介」と「切レ」を使用し、説明フレーズを解除して俳句に仕上げないのだろうか。「国文学」(平成八年二月臨時増刊号「俳句の謎」)誌上で「句作の常識Q&A ・基礎編」で、片山由美子が誤った理論を書いている。

…中七の切れは上五の切れに比べれば少ないと言えますが、これも一つの表現の型として把握しておく必要があります。

 

火を投げし如くに雲や朴の花   野見山宋鳥

 

この形では結論を最後に示すことになり、安定感をもっています。もちろん切字を使わない場合があります。

 

川石の日にあたたまる山桜    長谷川櫂

 

この句は、日にあたためられた川石と、周囲の山桜を取り合わせたものです。川石は焦点をしぼることで見えてくるものであり、山桜は空間的な拡がりを意識させます。その二つを合わせることで、一句は春の日のある時空を描き出します。ここで読み誤っていけないのは、「日にあたたまる」の中七は、決して下五の「山桜」に掛かるものではないということです。どこに切れがあるのかを認識できないと、読者はまったく句意を読み取ることが出来なくなってしまいますので、くれぐれも注意してください。

 (清水杏芽氏は指摘する) 「あたたまる」は「暖まるo温まる」で自動詞五段活用変化で「ら・り・る・る・れ・れ」と変化し「あたたまる」には終止形と連体形とがある。この句は山桜という体言が続くので連体形であり、終止形にはなり得ない。つまりどこにも「切レ」がなくて単なる説明フレーズである。例えば「切レ」を作って∧川石の日にあたたまり山桜∨とすれば俳句となる。

 

人の死を遠くたたきて羽根の音  平井照敏(原句)

人の死を遠くでたたく羽根の音  加藤楸邨(添削)

 

 楸邨氏の添削で、たしかに安定感と重みが加わったと原作者の平井氏は述べている。原句は「たたきて」で軽く切れていて俳句だが、添削句は説明フレーズに過ぎない。「たたく」は四段活用で「たたか」「たたき」「たたく」「たたく」「たたけ」「たたけ」と活用変化し、直下の名詞「羽根」或いは「羽根の音」を修飾している。「遠くで」は「たたく」を修飾し結局どこにも「切レ」がない。俳句は成立していないのである。

 

 残りゐる一個が孵る木のおぼろ   小林美代子

                 (賞金100万円受賞作)

 「残りゐる」の「ゐる」は上一段活用で終止形も連体形も同じであり、直後に名詞「一個」がくるので連体形であり、「孵る」の主語が「残りゐる一個」である。「孵る」は終止形と連体形が同じで、直後に「木」があるので連体形となる。どこにも「切レ」がなく俳句になっていない。

 麺棒のとどろきわたる宿の雛  飯田蛇笏

 どうして「わたる」を「わたり」(連用形)としなかったのだろうか。高濱虚子や飯田蛇笏に限ったことではなく、年尾、汀子、龍太、秋桜子、登四郎、白泉、不死男、狩行等の主宰者、指導者も同様であり、これまでに何千万人の俳人が居ただろうが、「俳句成立のメカニズム」を究明することなく、解明する努力や思索は全くなかったと思われてならない。先人の「みようみまね」が全てだったと推測される。

 

五.去来抄(向井去来)における切字論

 

 卯七日、発句に切字を入るる事は如何。去来日、故あり。先師日、汝切字を知る哉。未伝授なし、只自分に覚悟し侍る。先師日、いかに覚悟侍るや。去来日、たとへばほ句は一本木の如しといへども梢根あり。付句は枝の如し。大いなりといへども全からず。梢根ある句は切字の有る無きによらずほ句の鉢也。先師日、然り。しかれども夫は悌を知りたり迄也。是を伝授すべし。

 

 切字の事は連俳ともに深く秘す、みだりに人に語るべからず。惣じて先師に承事多しといへども、秘すべしと有りしは是のみなれば、其事は暫く遠慮し侍る。

 

 第一は切字を入る句は句を切るため也。きれたる句は字を以て切るに不及。いまだ句の切レる不切を不知作者の為に、先達而切字の数を定めらる。此定の字を入ては十に七八はおのづから句切る也。

 残り二~三は入れて不切句又入れずして切る句有り。此故に或は此やは・・・のや、此しは過去のしにて不切。或は是は三段切、是は何切レなどと名目して伝授事にせり。

 又丈草に向て先師日、歌は三十一文字にて切レ、発句は十七字にて切レる。丈草撰入有り。又ある人日、先師曰く切れ字に用時は四十八字皆切レ字也。不用時は一字もきれじなしと也。是等は∧ノツとも∨を知れと障子ひとへを被申し也。

 去来日、此事を記す、同門にみだりなりとおもふ人あらん。愚

意は格別也。此事あながち先師の秘し給ふべき事にもあらず。只先師の伝授の時かく有し故なるべし。予も秘せよと有けるは書せず、ただあたるを記して人も推せよと思ひ侍るなり。

 

 また服部上芳の書いた『三冊子』には、その「しろそうし」の中で次のようにある。

 切字の事、師のいはく、むかしより用ひ来る文字ども用べし。連俳の書に委くある事也。切字なくてはほ句の姿にあらず、付句の弊也。切字を加ハヘても、付句の姿ある句あり。誠に切たる句にあらず。又切字なくても切る句有。其分別切字の第一也。その位は自然としらざればしりがたし。猶、日伝あり。師常に道を大切にして示されし也。

 あこくその心はしらず梅の花、と云句をして、切字を入る事を案じられし傍にありて、此句は切字なくて切るやうに侍ると云ば、切る也。されども切字はたしかに入たるよし、初心の人の道のまどひに成てあし。つねにつつしむべし。ましてさせる事もなき句は、句を思ひやむとも常にたしなむべし、と示されし也。

六.文献にある切字十八字

 

 去来抄に「先達而切字の数を定むる」とあり、その数は十八と伝えられている。『二条良基仮託の秘伝書「一紙品定」においては「かな、けり、もがな、はね字、し、ぞ、か、よ、せ、や、れ、つ、ぬ、ず、に、じ、へ、け」の十八を挙げ』(高橋睦郎著「私自身のための俳句入門」より抄出)、また『切字十八字と言われるところの「かな」「もがな」「し」「じ」「や」「らむ」「か」「けり」「よ」「ぞ」「つ」「せ」「ず」「れ」「ぬ」「へ」「けり」「いかに」』(大木葉末著「俳句と鑑賞のための俳句切字論」より抄出)がある。

 

 広辞苑第四版には『「切字十八字」は、発句に用いる主要な切字とされた「かな」「もがな」「し」「じ」「や」「らん」「か」「けり」「よ」「ぞ」「つ」「せ」「ず」「れ」「ぬ」「へ」「け」「いかに」の十八をいい、この内「せ」「れ」「へ」「け」は動詞の命令形語尾に当たり、「し」は形容詞語尾を指す。』

 どんな理由でこのような順序に紹介されるのか目下のところ

不明だが、三種の切字十八字を比べてみると、共通するものに「かな、けり、もがな、し、ぞ、か、よ、せ、や、れ、つ、ぬ、ず、じ、へ、け」の十六字がある。なお「一紙品定」の「はね字」は「ん」のことだから「うむ」「らん」と共通しているとも言えるが、「はね字」の方がはるかに広義であるから「はね字」を「うむ」「らん」の一字と同格とすることには問題があると清水杏芽氏は言う。

 

 四段活用の命令形には「て、め、べ(?)」があり、ナ変の命令形は「ね」、力変の命令形は「こ(ょ)」であることも考えて置く必要がある。これ等も「切字」になる資格十分の文字である。また広辞苑では『「し」は形容詞語尾を指す』とあり間違いとは思わないが、「形容詞の終止形の語尾を指す」と言うべきものと思う、と清水杏芽氏は述べている。

 個々の「切字」についての解説は、清水杏芽氏の著書『俳句は「切レ」がいのち』(沖積社)に出ているので、付属資料として最後に収録する。

七.杏芽理論への反論への批判

 

​​ 磯員碧蹄館氏は「俳句研究9/‐996」誌上の「間違いだらけの俳句作法」のなかで、「思いついたこと」と題して一文を発表している。そのなかに次の文章がある。

 

<<< 切字のないものは俳句にあらず? >>>

 

 清水杏芽という人が「切字」のないものは俳句にらず、と本に書いているようだ。「や・かな・けり」が三大切字なのだが、大仰な切れを控えて、味を出すことをよしとしている現代人には、この頑固さには苦笑するしかない。

 

ブロンズの乳房の谷を鳥渡る  今井麗雪

 この句は同人誌「握手」の大会高点句だが、「谷や」であれば、かなり派手になる。断切の強さ、これが俳句の武器に間違いないが、それを見せずに隠すのも芸だ。

 「鳥渡る」で切れる。「渡る」の「る」には「かな」や「けり」と同じ思いが集約される。こんなことは決まりきったことである。

 この文章を清水杏芽氏は次のように批判する。俳論の批判で切字を紹介するのに三大切字のみとは浅学ではないか。広辞苑には「切字十八字」が解説されている。また「谷を」の「を」を切字「や」に変えて「ブロンズの乳房の谷や鳥渡る」となると、作品が二つに分離してしまい、原句と全く違った作品になる。

 「谷や」の切字を使えば、「ブロンズの乳房の谷や鳥渡り」と

下五を「鳥渡り」と変えて一句にまとめるべきだ。只一字を切字に変えれば良いというものではない。それなりの一句の姿を考慮する必要がある。「谷や」に変えたままでは『かなり派手になる』ということだが、添削句が原句と変わってしまっている。作品が変わらぬように「切字」を使用しなければならぬ筈だ。

 『「る」には「や」や「けり」と同じ思いが集約されている』という考えも間違いである。「る」は単独では助動詞の「る」であって「自発・可能・受身」を表し、また「尊敬」の助動詞であって、それ自体は「切字」「切レ」の性格も機能も所持していない。

 また「切字十八字」の中にも加わっておらず、古くは曲亭馬琴編「増補俳諧歳時記栞草」(下)の雑之部の「切字」の項にも「る」は挙げられていない。「渡る」の「る」で切れるとする考えは間違っている。 「こんなことは決まりきったことである」と言っている磯員氏の認識自体に誤りがあるということになる。

八.高濱虚子の「切字」論

 

 虚子が書いた沢山の俳論の中から、発句形作品と付句形作品の区別に関係ある論文を抽出すると、虚子俳話(昭和二十二年)の中で「切字」につき次のように述べているものがある。

 

<切字は俳句の骨格>

 「や」「かな」の如き切字は十七音字(五七五)と共に俳句の骨格をなすものである。昔は俳句に携わって居ることを「やかな」をやっておる、などと言ったものである。殆ど俳句の代名詞となっていたのである。これをコロウ(固順)な言ということは出来ない。おのずから俳句という一つの詩の、根本の形を規定しているものである。「切字」というものが問題にされず、従来俳句らしい調子が無視された現代の一部の傾向は、決して愉快なものではない。

 

 元禄時代、天明時代の秀れた先人の定めた(おのづから定まった)切字というものは尊重しなければならぬ。「や」「かな」等の切字のない俳句も沢山ある。それ等の句も「や」「かな」等切字によって修飾され高揚された、その調子を保ちつつ、変化したものである。あくまでも俳句らしい調子を尊重する。

 俳句はどこまでも俳句らしい調子を保たねばならぬ。一歩ラチ外に踏み出した調子のものは俳句ではない。

 

 このように述べられている「俳句らしい調子を尊重する」「俳句らしい調子を保たねばならぬ」という表現は、誠に抽象的な表現であり過ぎる。虚子は「けり」「かな」「る」を切字とし、「る」を「けり」「かな」と並んで切字としている。これは松尾芭蕉の言うところの『四十八字みな切字』という考え方からすれば「切字」かもしれない。だが芭蕉の言葉は概念であって実際的ではない。

 (清水氏の指摘) 「る」は動詞の終止形も連体形も作る。下五の最後に使用された「る」のみ終止形となり切れることになる。単に「る」が「切レ」ると言う考え方は間違いで、動詞の終止形を作る「る」ならば「切レ」るのである。

 虚子は『俳句を志す人の為に』の中で次のように述べている。

 

<十七字>

 俳句は十七字の詩であります。(省略)五七五と結びついて初めて一個の詩のの形となります。それが俳句であります。つまり俳句は日本語として最も簡潔な詩の形だといっているのであります。

 しかしその後の俳論のどこにも、この「詩」の表現方法については一言も言及していない。そして、この十七字が如何に表現されたとき「俳句」になるのか、研究された報告がない。だから季語を含めて十七字に綴れば「俳句」になると思われてしまっている。

 如何に綴るかが問題で、その綴り方により詩が生まれ俳句になることを失念してしまっている。「何を詠むか」は時代により変わっても「如何に詠むか」は不変であるはずだ。

 「切字」について虚子は次の解説をしている。

 

<や・かな>

 「や」「かな」は俳句を形式づけるところの文字であります。「や」とか「かな」とかいうのを切字といいます。切字ということを昔は大変やかましく言っていましたが、それほどやかましくいう必要はありません。要するに終止言若くはそれに代わる言葉が一句のうちに一つあればよいということです。ただ終止言といっても「あります」とか「だ」とかいふ言葉を使ってはいけません。自ずから俳句らしい調子を具備した終止言であることが必要です。それには先ず「や」とか「かな」とか俳句特有の文字があることを知っておく必要があります。この二つを基礎として文字の配列組合を知ることが必要であります。

 

 例へば

 

  釣堀や皆日焼けたる釣りなじみ   たけし

  開け行く町の中なる田植えかな   虚吼

 

の如くであります。その他普通に使用する切字は「けり」「あり」「ぬ」「る」の類であります。その他文字止といふのもあります。例へば「虫の声」「刈る男」の類であります。これは「虫の声かな」「刈る男かな」の省略されたものと見ればようございます。

(清水氏の指摘) さて虚子がいう「終止言」は辞書「広辞苑」に収録されていないが、推察すると「終止」を示す言葉と解される。「終止形の言葉」とは一体何なのだろうか。また文字止と言うことは間違いではないか。

 「虫の声かな」を「虫の声」を、「刈る男かな」を「刈る男」を意味するように、切字が省略されるということも理解できない。一体全体「切字」の省略などあり得ないことである。

 高濱虚子の誤解という以外にない。下五の「かな」省略理論は「切字」の軽視であり、「切字」の誤解であり、虚子の作品が付句形作品を詠んで平気で俳句であると思っている根拠となったものだとしたら、「俳句」の指導者として大きな間違いを犯していることになる。

 

<俳句>

 俳句という言葉は「俳諧の発句」というのを縮めて呼んだ言葉で、正岡子規が始めた言葉であって、それまでは発句とよぶのが普通  …(省略)… 俳句の目的は花鳥風月を諷詠することにあると思ひます。

 

(清水氏の指摘) 「花鳥風月を諷詠すると何故俳句になるのか」について虚子は答えていない。沢山の俳論を書いて俳句の理解に努力した虚子だが、自分の詠んだ「俳句」と称する作品に二種類あることに気づいていない。五十余年間の俳句生

活の中で、この疑間を抱くこともなく「俳句とは何か」の解明もなく終わっている。

九.俳句の三行書き(NHK俳壇)の正体

 

 一行書きの作品が「付句形作品」として俳句を構成していないにもかかわらず、三行書きにすることにより、あたかも「切レ」を持っていて俳句が成立しているかに見えることがある。

 

 電柱に / 鵜うそぶく / 昼寝覚

 

 一行目「電柱に」は「に」によって二行目「鵜うそぶく」に続き「うそぶく」は下に続くものがないので終止形と読めることとなり

<電柱に/鵜うそぶく>で一つの文として完結して読むことができる。しかし投稿句は<電柱に鵜うそぶく昼寝覚>と一行書きになっていた筈だ。

 そうなると「うそぶく」は終止形とはなり得ず連体形と解される。つまりこの作品も説明フレーズで俳句ではない。このように主宰者は数千の応募の中から、わざわざ俳句でない作品を選び三行書きで表し、全国の視聴者へ俳句として示している。

 

 日本語は上から下へ向かって読む動かせない原理を考慮すれば、十七音字一行書きを三行書きにすることはもともと間違いである。三行書きは俳句の破壊作用であり、三行詩への転換となり、一行書きの俳句が三行書きになった時点で三行詩に変わる。行を変える行為は重大な行為である。何故NHKは三行書きにして俳句の破壊活動を続け本来の俳句をないがしろにするのだろうか。

 

 ここに文化公害の一面がある。三行書きにすることは日本語を歪めていることになる。日本語は上から下へ読み継ぐものであり、五字、七字、五字と切ってしまっては、特に動詞の機能に問題が生じてくる。確固たる文芸上の根拠もなく、一行詩である俳句を三行書きにし、一般の俳人達に間違いを教え、或いは嘘を教え、日本語を乱し、俳句を乱していると言わざるを得ない。公共放送として文化の破壊行為をしているとも言える。

 

十.結社と主宰者達の俳句でない作品

               (付句形作品)

 

 俳句結社がそれなりに「俳句」の維持・発展に尽くしたことには深く敬意を表すべきである。しかし「みようみまね」で詠んできた過去の作品を振り返り、「俳句に似て俳句でない作品」の存在に気付き、「切字」存在の意義を再認識しないかぎり、松尾芭蕉の元禄時代以来三百数十年に至る今日までの、その時代時代の有志俳人により継承されてきた伝統文芸俳句が、この百年で道を誤ってしまおうとしている。

 

 清水杏芽氏は「俳句とは何か」を探究するために多くの書籍を集め、約一万冊にのぼる蔵書の私設図書館を居住地域(静岡県沼津市)に開設し無料で公開している。これらの書籍の調査で「付句形作品」だと指摘されたものが、どのくらい存在するのか作者別に拾いだすと次のようになるという。

十一.懸賞俳句応募の実態

 

 一九九二年角川俳句賞(未発表の俳句五十句)入賞作品の付句形作品の実態は次の通りである。

 一席 寺島ただし 「浦里     6/50   12%

 二席 藤野武   「山峡」   9/50   18%

 三席 奥名春江  「寒木」 16/50   32%

 

 平成四年度三二回静岡県芸術祭文学部門の応募俳句(一人五句)の付句形作品の実態は次の通りである。

  1/5  67名   2/5 26名  3/5 4名   

  117名 が失格に相当する。

 応募者214名の全作品をみると 131/1090  12%

 一九九二年静岡県俳句協会主催の俳句大会の応募俳句(一人2句)の付句形作品の実態は次の通りである。

    52/478  12%

 

 以上から明らかなように、一般の作句技量は平均12%の付句形作品を含んでいることになる。それ以上に審査員の力量も、一般人と同じ様なものだと言うことが明確に示されている。

磯貝碧蹄館句集  「花粉童子」 25/444  6%  

鈴木六林男著句集 「雨の時代」 56/547 10% 

土生重次著句集  「素足」   45/381 12%  

松澤昭句集    「乗越」   42/860 12%  

松本澄江著句集  「花押」   83/346 24%  

宇咲冬男著句集  「荒星」   34/403  8%  

鷹羽狩行著句集  「七草」   68/675 10%   

松崎鉄之介著句集 「玄美の道」  47/456  8% 

稲畑汀子句集         104/709 15%   

飯田龍太著句集  「遅速」   33/387  10%    

川崎展宏句集   「夏」    45/322  14%    

桂 信子句集   「樹影」   85/690  12%

 

松尾芭蕉・与謝蕪村・正岡子規の作品には、僅か1%しか付句形作品がないことは特記すべきことで重視しなければならない。

十二.清水杏芽氏と私(橋口成幸)との手紙交換

                     2001年11月30日

清水 杏芽 様

拝啓 いよいよ冬らしくなって参りましたが、お元気でお過ごしのことと存じます。

 私は、三年ほど前に一度清水先生の著書を数冊読みました後に、お手紙を差し上げまして、「切レ」についてご指導をお願いした者です。

 その内容の一番目は、「切レ」の理論を加味した先生の作品集を入手したいということ。

 二番目は、初心者にも分かる「切レ」についての「意義や用い方」についての解説書を、特に動詞活用表を例示して、書いていただきたいということでした。

 三番目は、現代の著名俳人の「切レ」のない作品をとらえて、どの箇所に、どの様な言葉を用いれば「切レ」が生じるのか、具体的な添削例を示してほしいというものでした。

 清水先生のお返事では、「切レ」のある作品のみを掲載した作品集はまだ出版していないうことでした。

 

 その後、私は文芸仲間(単なる文芸愛好者の素人の集まりです)の作品集の中で、「切レ」の意義と大切さについて清水先生の著書の中から例を引いて紹介したり、最近では新聞や俳句評論集などに対して、「切レ」を重視すべきことについて提案などを無謀にも直接執筆者へ送り、正しい伝統俳句の見直しや提言を、不十分な私の知識にもかかわらず努力しています。

 

 この三年間に、将来にわたる私の俳句学習資料として役立つものをまとめたいと考えました。そこで別紙『「切レ」と俳句の正体…清水杏芽氏に学ぶ…』を作成することにしました。そしてこの資料を、文芸仲間が「切レ」を学習するときの手引き書にしたいと考えています。但し出版することを目的としたものではありません。この資料の《はじめに》にも記述していますように、殆ど全てが清水先生の理論の紹介だと言っても過言ではありません。

 さて、私は国際語エスペラントをこの30年間という長い間使用しまして、世界中の人々と文通したり、来日者を歓迎して旅行案内したり、私自身も外国旅行をしています。その中で、外国人のなかで俳句に興味を持っている人があり、例えばハワイの高校の教師は生徒に俳句を教えている人もいます。私はこの人達に「本当の俳句とはどういうものか」を知らせたいと考えました。

十三.地方紙投稿俳句指導者への手紙

 

  2001-04-25  〔新聞記事への反論〕橋口成幸

 

 谷口 慎也 様

   俳句月評採用の作品について

          (釈迦に説法のお願い)

 そこで前述の私の資料『「切レ」と俳句の正体…清水杏芽氏に学ぶ…』を世界共通語エスペラントに訳して、紹介したいと考えています。

 

 ぜひとも私の意図をおくみ入れ下さいまして、国際語エスペラントへの翻訳をご許可頂きたいと考え、今回お手紙を差し上げました。清水先生におかれましては、お忙しい毎日と存しますが、小生の資料をご一度くださいまして、お気づきの点をご指導下さいますよう、お願いするものでございます。

 

 他に、二つの資料を同封していますが、どちらも俳人または俳句評論家に対する「切レ」についての正しい認識を促すため送付し、又私の手紙と、それを受けた谷口慎也氏の記事の紹介です。あわせてご一読頂ければありがたく存じます。

 

 以上甚だ不躾に、未熟な私の資料作成とその国際語エスペエラントへの翻訳の許可のお願いを致しましたが、清水先生が進められています「正しい俳句」を広く教え伝えるためには、少しは役立つものと考えていますので、宜しくご検討下さいますようお願いも申し上げます。

 なお、ワープロ文字が小さいので、拡大複写してお送りしますことをお許しください。

 ますます寒さが厳しくなりますので、十分にご自愛されまして、ご健吟ありますことを、遠方よりお祈り申し上げます。

                                             敬具

一俳句愛好者として 橋口成幸 拝

 前略 西日本新聞(朝刊:2001年 4月25日(水)14頁 学芸・芸術)に掲載されました、尊師の「俳句月評」に採用されています作品につきまして、小生の考えの一端を延べ、今後のご指導に御一考頂きたく、この手紙を書きました。

 なお、小生の俳句学習歴は、ある同人誌の会員経験5年(10年前からの5年間・毎月8句を投句することを5年間欠かさず行いました)のみで、あとは俳句論評などを時々読みながら独習しています。従いまして、全くの素人と同じですので、釈迦に説法の暴論だとお受け取りされるであろうことを、十分承知していますことも最初に申し述べておきます。

 

 なお『俳句は「切レ」がいのち』であるという理論は、清水杏芽氏の俳句理論の全くの受け売りですが、以前に清水氏に手紙を書きましてご意見をお聞きしたこともあります。清水氏の俳句理論については、すでにご承知のことと推察いたしますが、万一不案内でありますならば、清水氏の著書をご一読していただければありがたく存じます。

 さらには理論の不明な点につきましては、素人の小生より直接清水氏に理論の詳解をお尋ねいただければ、きっと納得の得られることと思います。勿論この手紙に関する内容につきましては、小生へご質問ください。ただし薄識にて、理解できていることのみをお答えいたします。

一.採用された作品について(全11句)

 

(1) 陶板の減ぶ平家に寒椿         

(2) 早春の病院船のごと灯る

(3) お手玉のなかの空気と挑の花     

(4) 男運こぼさぬやうに寒玉子

(5) おおかたは見過ごし梅の中にいる

(6) 今生の光をあつめ雛の家

(7) 散る花の散るにおののき光堂

(8) 老いもよし光琳笹に春しぐれ

(9) やや長き少女遍路の祈りかな

(10) 降る雪や長者に知恵を貰ふなり 

(11) 美術館出るセーターの真っ赤かな

二.伝統俳句の位置付けについて

 

 小生も最初に何冊かの俳句入門書なるものを学習しました。しかし入門書の殆どは「切れ字」についての僅かな記述(半頁くらい)があるだけで、「俳句における切レの意味」を解説したものは無かったように記憶しています。当初は十分理解できていなかった「切れ字」について、五年経過した後に会誌投稿を止めて、独学するなかで清水杏芽氏の俳句理論に出会い、俳旬の生命は「切レ」の存在の有無に左右されることを知りました。簡単に言えば、「切レ」のない作品は俳句ではない、という理論です。

 清水氏の重要な指摘は、世界に誇る日本の伝統文学である「俳句」の位置づけが、近年の著名俳人においてさえも、おろそかに扱われている、ということです。「切レ」のない作品の夥しい発表と初心者指導が、次の世代へ「正しい俳句」を伝承する上で、大きな問題となっているというものです。

三.採用作品の中で「切レ」のない作品

 

 〔例〕「陶板の」は「滅ぶ」に繋がり、「滅ぶ」は「平家に」を修飾しています。陶板の上に描かれた(滅ぶ)平家と言う意味だと理解できます。「寒椿」は「寒椿あり」「寒椿みゆ」などの意味を持った「寒椿」ではないかと思います。「・・・あり」「・・・みゆ」などと動詞終止形などで終わるのならば、最後に「切レ」が存在すると思いますが、「あり」「みゆ」などの省略された形のものは、体言止めとは言えないと思います。

 以上のように、(1)(3)(4)(6)には「切レ」が生じていません。(選句の36%) このような作品は、俳句ではないものだと考え、単なる十七文字の言葉として小生は捉えています。

 残念ながら現代俳句の成立規則を小生は理解していませんが、現代俳句でもないと思います。

 

 日本語の文章の解釈は、古い時代から「上から下へ読み下す」ものであり、必要なものを省略したりすることはありません。省略したい場合は、それに相当する別の短い言葉に置き換えるか、表現を工夫するか、言葉を縮めることが、日本語では行われてきたと思います。

四.前述の四作品(一・三・四・六)に「切レ」を持たせる工夫

 

  俳句としての良し悪しは別にして、俳句として成立させるための簡単な工夫をすれば次のようになります。

 小生の作句力は甚だ未熟ですので、勿論のことこの四句について限りない遂行が必要です。(右側の[ ]部分が工夫したところです)尊師ならば、もっと素晴らしい俳句になるはずです。

 

(1)陶板の滅ぶ平家に寒椿 ⇒ 陶板[や]滅ぶ平家に寒椿

(3)お手玉のなかの空気と桃の花 ⇒ [手玉とる掌の温もりや]桃の花

(4)男運こぼさぬやうに寒玉子 ⇒ [男運(なんうん)や]こぼさぬやうに寒玉子

(6)今生の光をあつめ雛の家 ⇒ 今生の光をあつ[む]雛の家

 

五.「切レ」のある作品『俳句』

 

  前述であげた四作品以外だと理解します。

 

  (2)[灯る]      文の最後にある終止刑

  (5)[中にいる]    文の最後にある終止形

  (7)おのの[き]  カ行四段活用形、または過去助動詞

            「き」の終止形

  (8)老いも[よし] 形容詞「ク」の終止形

  (9)祈り[かな]  切れ字の「かな」あり

  (10)降る雪[や]  切れ字の「や」あり  

      貰ふ[なり]  断定助動詞「なり」の終止形

  (11)真っ赤[かな] 切れ字の「かな」あり

六.旧仮名づかいと現代仮名づかいとの混合

 

  [伝統俳句]は、やはり旧仮名づかいでなければならないと考えます。

 

  (4)こぼさ[ぬやうに]  (5)中に[いる] 

  (10)貰[ふなり]

 (5)[いる]は、一読で「入る」か「居る」かと迷うところですが、[おおかた]の示すものが、やはり梅であれば「居る」ではないかと思うのですが。なぜなら「入る」という行為は、ある範囲(場所)に外部から進入する意味だと思うからです。気づいたら梅の中にいたと言う意味なら「居る」だと思います。[おおかた]の示すものが通行人だと仮定すれば、他人と違って自分は梅の中に入って行くという意味になるかなと思います。しかし、これは作者の意向を聞かないと分かりません。一旦読者の手を離れて、他人の批評にさらされ始めると、批評者の意見が通るというのが芸術全ての良いところだと思います。

 

七.お願いすること

 

 以上のことから、伝統俳句には「切レ」が無くてはならないこと、旧仮名づかいで記述されていることを前提に投稿作品の選句をお願いいたします。小生のような素人の俳句愛好者にとりましては、無数に出版されるている俳句誌や俳句評論を図書館で探しても、肝心の「俳句における切レの意味」を解説した書籍は、ほとんど見当たりません。俳句の前の形である、連句や連歌を調べさらに発句解説の書籍を読んでみますと、やはり清水杏芽氏が述べられています『「切レ」の存在が、俳句の成立に大きく係わっている』ことに賛同せざるを得ません。

 小生は色々な外国の人たちと文通していますが、外国でも俳句熱は盛んなようです。つい最近ハワイのホノルルに住んでいる高等学校の先生は、生徒に俳句を教えているとのことでした。

 日本語にある俳句の命「切レ」を外国のひとたちは一体どのようにな形で表現しているのか、どのような言葉を充てているのか不明ですが、英語の俳句と証するものには「切レ」の味は無いように感じています。

 そんな外人に「切レ」の存在を教えるため、簡単な解説書を作ろうとしています。内容は清水杏芽氏の書籍のエキスを抜粋したものになりのすので、著者へ了承お願いの手紙を書いています。なかなかはかどりませんが。

 

 当然のことながら、小生への返信も、解説も不要です。一読者の意見だと捨て置かれても、何ら問題はありません。益々のご健吟を期待しています。次回の俳句月評を楽しみに待ちながら。                                       橋口成幸

      (住所) 811-2114 福岡県粕屋郡須恵町

十四.地方紙投稿俳句指導者へ再度の手紙

 

                   2001-05-30

 〔前回の反論を加味した掲載記事の内容に対する反論〕

 俳句月評 <イロニー> 谷口慎也氏 

 西日本新聞(2001年5月30日(水)朝刊)より 抜粋

 

・・・前略(前解説)・・・ そして俳句十七音詩は、作者の感情を移入する器としては余りにも短すぎる。短歌三十一音の下七七を切り離した詩形は、どこか滑稽にさえもみえるのだ。だが、俳句を俳諧と読んでいたごとく、この文芸が引き受ける滑稽感や諧謔性、あるいは逆説等を総称してイロニーと呼ぶとすれば、イロニーこそ俳句が歴史的に背負う本質的なものだと言ってよい。ついでながら、俳句は切れ字を重視し、滑稽、挨拶などに帰結すると考えた山本健吉の俳句論(『俳句の世界』)には、このイロニーに関する視点が極めて単一的であったことを指摘しておきたいと思う。

 

・・・中略(作品評)・・・ このように、俳句文芸におけるイロニーとは、あくまで、あるひとつの美的体系や価値体系と対峙し格闘しながら生まれてくるものであろう。どこかに否定的な要素をその内面に孕みながら、俳句五七五を肯定していくという構図である。

 短歌形式が心情吐露を容易にするのに比べ、俳句がどこかひとつ「ひねり」や「しかけ」を必要とするのは、脇句以下を切り捨てた発句が俳句へと移行するその歴史的な過程の中で、必然として背負ってきたものではなかったか。ともあれ、この形式は、ただ者ではなさそうである。季語や切れ(字)、口語や文語、改めて考えていくことがかなりありそうである。

【評論の問題点】

 

一.「俳句十七音詩は、作者の感情を移入する器」

 

 俳句はあるがままの情景を言葉に置き換えるもので、感情移入する意図などは全く持たない。

   荒海や佐渡によこたふ天の川

   静かさや岩に染み入る蝉の声

   五月雨を集めて速し最上川 

   柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺

二.「短歌三十一音の下七七を切り離した詩形」

 

 短歌ではなく連歌(連句)の付句七七を切り離した詩形である。

 

三.「俳諧から引き受ける滑稽感や諧謔性、あるいは逆説」

 

 寧ろ、滑稽感や諧謔性、あるいは逆説を引き継がない部分で、俳句が成立したのではないか。

  

四.「俳句は切れ字を重視し、滑稽、挨拶などの帰結する〔ものである:小生補足〕と考えた、山本健吉の俳句論(『俳句の世界』)には、この<イロニー>に関する視点が極めて単一的」

 

 山本健吉著『俳句の世界』を小生は未読のため反論できないが、前3項と関係あり。

 

五.「脇句以下を切り捨てた発句が俳句へと移行」

 

 脇句は発句を受けて創りだされるものであり、脇句を必要としない発句が俳句へと移行したのである。

 

* 俳句月評の最後の部分で、小生が指摘した「俳句の切レ」について言及されたことを、高く評価する。

十五.清水 潔氏への手紙

 

                                                                 2001-10-17

 (株)実業之日本社気付

  (104-8233 東京都中央区銀座1-3-9 )

 

 清水 潔 様

    『俳句の学校』記載内容について

           (釈迦に説法のお願い)

 

 前略 『俳句の学校』(実業之日本社編)に収録されています、尊師の俳句に関する理論につきまして、小生の考えの一端を述べ、今後のご指導をさらに充実したものとされますことを願って、浅学ながらこの手紙を書きました。小生の俳句学習歴は、ある同人誌の会員経験五年(11年前から毎月8句の投句を五年間かかさず行い、

 毎月の会報で約五千五百作品を全て読みました)のみで、あとは俳句評論などを時々読みながら独習しました。

 従いまして全くの素人と同じですので、尊師への小生の提言は、まさに釈迦に説法の暴論だとお受け取りされるであろうことを十分承知していますことを、最初に申し述べておきます。

 

 なお、『俳句は「切レ」がいのち』(切れ字ではない)であるという理論は、清水杏芽氏の俳句理論の全くの受け売りですが、以前に清水氏へ手紙を書きましてご意見をお聞きしたこともあります。清水氏の俳句理論については、すでにご承知のことと推察いたしますが、万一不案内でありますならば、清水氏の著書をご一読していただければありがたく存じます。

 さらに、理論の不明な点につきましては、素人の小生より直接清水氏に理論の詳解をお尋ねいただければ、きっと納得されることと思います。勿論この手紙に関する内容につきましては、小生へご質問ください。ただし小生の理解できていることのみお答えいたします。

一.『俳句の学校』についての所感


 サブタイトルに「ゼロから始める人の」という言葉が付記されていますが、私なら「本気で俳句を作りたい人の」としたいところです。それくらい内容の充実した本だと思います。

 その理由は、尊師の「入学準備」「基礎過程」「教養課程」に分けた次の記述にあります。

 (1)内容が単なる有名な俳句の紹介ではなく、俳句につい

     て多岐に渡って解説していること。

 (2)俳句の発生経緯を、連歌・連句・発句・俳諧・俳句と

     順序立てて詳しく紹介していること。

 (3)特に、伝統俳句や現代俳句の位置づけを、明解に解説

     していること。

 

二.俳句成立に関する理論について

 

 尊師は、俳句の成立要因を、次の二点で説明されているようです。

 

 (1)五・七・五の十七文字定形

 (2)季語、また例外的な「無季」についても解説あり

 

 しかし、俳句成立に最も重要とされるべき「切レ」については、残念ながら僅かの解説しかありません。

 勿論、俳句にとって「切レ」が大切だと記述されている箇所には次のものがあります。

 

 (1)P15

 切字とは、十七音の一部分を言い切ることです。普通は「や」「かな」「けり」など、句の切れ目に用いる助詞や助動詞をいいます。この切れ字によって、十七音節しかない俳句が、一個の完結した文芸になりえました。

 (2)P88  患者が俳句を得意にするもう一つの理由に「切字」があるといいます。切字によって表現しえたと言う満足感をもてるのがその理由です。切字は、患者の気持ちを引き立たせるだけではなく、その作品を読む医師は、芭蕉が指摘する「いひおほせて何かある」ものを、以心伝心で、あるいは連想を膨らませて、共感することができるのです。

 (3)P198 それで、俳句と川柳の違いは、句に「切れがあるかないかである」と、多くの俳句解説書は述べています。

 

 以上の記述がありますが、俳句に「切レ」が絶対必要だという視点での解説は残念ながら見当たりません。

 

三.伝統俳句の位置づけについて

 

 小生も俳句学習の最初に10冊ほどの入門書なるものを読みました。しかし入門書の殆どは「切れ字」についての僅かな記述(半頁くらい)があるだけで、「切レ」を解説した書籍は全くといってよいほど無かったように記憶しています。

 当初は初心者のために、十分理解できていなかった「切れ字」や「切レ」について疑問を抱き、五年経過した後に会誌投稿を止め、独学する中で清水杏芽氏の俳句理論に出会いました。そして俳句の生命は「切レ」の有無に左右されることを知りました。極論すれば、『「切レ」のない作品は俳句ではない』という理論です。

 清水氏の重要な指摘は、世界にに誇る日本の伝統文学である「俳句」の位置づけが、近年の著名俳人においてさえも疎かに扱われているということてだす。「切レ」ない作品の夥しい発表や、初心者指導ならびに投稿作品の選句に見られる俳句でない作品の紹介は、次の世代へ「正しい俳句」を伝承する上で、大きな問題となっているというものです。

四.「切レ」のない作品の氾濫について

 

 日本語の文章の解釈は、古い時代から「上から下へ読みくだす」ものであり、必要なものを省略したりすることはありません。省略したい場合は、それに相当する別の短い言葉に置き換えるか、表現を工夫するか、言葉を縮めることが日本語では行なわれてきたと思います。従って次の作品は俳句とはいえないと考えます。

 

 次の作品は西日本新聞(2001-10-15)に、星野椿選として掲載された読者投稿の全15作品です。

 

 ○ 01 金風や余生にもある夢の道

   02 絵踏橋より水音の彼岸花

      03 倖せは過ぎて知るもの遠花火

 △ 04 乗り合はせするも露の身川下り

   05 葭切の声の中ゆく手漕ぎ

   06虹のごと流星のごと逝かれしと

      07 井戸西瓜井戸に谺のありし頃

   08 恙無く古希をむかえる十三夜

   09 百枚の棚田せり上げ稲雀

   10 一山を動かす揺れの花すすき 

 △ 11 秋夕焼け日本海を染めあげし 

   12 折り返しまたとんぼうの水平す

 ○ 13 金風の野に全快の歩を伸ばす 

 ○ 14 独り居の寝酒親しむ夜長かな

 ○ 15 震災忌迎へていまだ健なりし

 全15句の中で、僅か五作品のみ俳句といえるものであり、残りの60%は俳句でない作品を選句して、俳句として読者を指導しています。

五.旧かなづかいと現代かなづかいとの混合について

 

 伝統俳句は、やはり旧仮名遣いでなければならないと考えます。

 その最大の理由は、「切れ字」として使用されている言葉は、全て「文語」だからです。一つの文章の中に口語と文語が同居することは、文学的にも許されることではないと考えるからです。

 だから現代の言葉(つまり口語)で、俳句の最大の成立要因である「切レ」を表現しない限りにおいては、現代俳句と称して発表されている作品の殆ど全ては、「俳句」の範疇に入らないということになります。

 もし口語で現代俳句を作成したいならば、口語による「言い切り」(つまり「切レ」)の状態を作りださなければなりません。

 

六.お願いしたいこと

 

 以上のことから、

 (1)伝統俳句(本来の俳句)には「切レ」(切れ字だけで

    はない)が無くてはならない。

 (2)伝統俳句は、旧仮名遣いで記述されている。

 この二つを俳句理論の基礎と位置づけられて、今後の評論などを含む著作におかれまして、我々をご指導いただきたいと願っています。できますれば、『「俳句の切レ」について』(仮称)の本を書いていただき、多くのページを使用して『切レとはどういう意味か』『なぜ「切レ」は必要か』『著名俳人の切レのない作品に、切レを入れたらどうなるか』等々について、俳句初心者の誰もが理解できるように、多くの例を示して解説されることを、この場を借りまして心からお願いするものです。尊師をはじめ指導者の皆さんが、本物の俳句指導書を現すことは、義務でもあると考えています。

 小生のような素人の俳句愛好者にとりましては、無数に出版されている俳句誌や俳句評論を図書館で探しても、肝心の「俳句における切レの意味」を詳しく解説した書籍は、清水杏芽氏のほかに見当たらず、『私自身のための俳句入門』(高橋睦郎著:新潮選書P121~127)に、僅かに触れられているだけで、ほとんど見当たりません。

 俳句の元である連歌や連句を調べ、さらに発句解説の書籍を読んでみますと、やはり清水杏芽氏が述べられています『「切レ」の存在が、俳句の成立に大きなくかかわっている』ことに、賛同せざるを得ません。

 

  小生は国際語エスペラントを使用して、色々な外国の人たちと文通していますが、外国でも俳句熱は益々盛んなようです。つい最近、ハワイのホノルルに住んでいる高等学校の先生からは、生徒に俳句を教えていると聞きました。日本語での俳句の命「切レ」を、外国の人たちは一体どのように理解し表現しているのか、どのような言葉を充てているのか不明ですが、英語の俳句と称する作品を幾つか見たところ「切レ」の味はないように感じています。

 

 外国人の俳句学習書は、まさに尊師をはじめとする現代俳人と称される方々の著述であり、作品集であると考えられます。しかし、残念ながら前述の西日本新聞の選旬に見られる如く、俳句でない作品を採り上げた書籍が市場に溢れ過ぎていて、そのような書籍で学習するのだと推測しています。

 そんな外人に「切レ」の存在を教えるため、小生は簡単な解説書を作ろうとしています。内容は清水杏芽氏の書籍のエキスを抜粋したものになりますので、著者へ了承のお願いの手紙を書くつもりです。小生の作業は、なかなか捗りませんが・・・

 当然のことながら、小生のへの返信も、解説も不要です。

 一読者の意見だと捨て置かれても、何ら問題はありません。

 益々のご健吟を期待し、次々に生まれる俳句愛好家のために、本当の俳句と「切レ」に関する理論をまとめられ、最初から教えてもらえる著書の出現を、心から待ち望んでいます。

                          

                             橋口成幸

《おわりに》

 

 最初に示した二冊を読み終えて、清水杏芽氏の俳句に対する基本理論が正しいことを私は確信した。そして「切レ」の存在は「切字」が存在することではなくて「切れの状態」が存在することであり、松尾芭蕉の時代には無かった動詞活用の連用形による「切レ」の存在が、現代俳句の大きな特徴であることも理解で

きた。

 この資料に収録できる内容はほんの僅かである。清水杏芽氏

の前著作を注意して読むこと以外に「本当の俳句」を作る方法を見つけることは出来ない。本資料を読んだ人は「本当の俳句とは何か」について考え直し、自分の作品をじっくりと分析せざるを得ないだろう。

 

 私は俳句を始めた最初の一年間職場の先輩(「初蝶」「鶴」の同人であった稲富義明氏、1999年逝去)に個人指導をうけた。しかしイロイロな入門書で知識を増やす以外には、「切字」についての指導をうけた記憶はない。

 その後の五年間は「初蝶」会員として毎月八句投稿を五年間ひと月も休むことなく行い、毎月会誌に掲載された約千五百句んお全てを独自で鑑賞してきた。ご念経過したその成果は最高五句入選んい対して四句入選の技量である。しかし投稿句と入選句(指導句を含む)について、句成立に疑問と違和感が生じ「初蝶」を退会したのも、五年過ぎた頃である。

 

 俳句を見つめるために、その原点である発句についての学習が必要と考え、図書館から借りた書籍を手当たり次第に読み始めたが、どの俳句理論書にも詳しい解説などみあたらない。発句のためには連句や連歌や俳諧まで戻らねばと、関係書籍を探して読書を続けながら一年程経過したころに清水杏芽氏の

著書に出合った。

 何冊か読んでみて「本当の俳句」に対する考え方に同感し、

早速清水杏芽氏に手紙を書いて、作品集を買い求めようとしたのは1997年のことである。「本当の俳句」のみの句集は、残念ながらまだ一冊も発行されていなかった。さらに初心者にもっと解り易い解説と、有名俳人の付句形作品の添削例とその解説(特に動詞活用)をした書籍の発行を杏芽氏に手紙でお願いしたが、現在も実現していない。

 以上のような経緯が私にはある。清水杏芽氏はたしか八十歳半ばの高齢者で、私の希望の本が何時作成されるか不明なこともあり、私は独自で「本当の俳句」に関する情報を整理し、杏芽氏の検閲を受けるために纏めたものがこの資料である。

 僅かな紙数の資料だが、これから俳句を始める人にとって、十二分に役立つものと確信している。

                    橋口成幸     

 

     二○○一年十一月二十九日                  

特別収録資料(清水杏芽氏俳句理論)

 

    俳句の改革を志す  清水杏芽

 

 本年は俳誌『ホトトギス』の創刊百年になる、高浜虚子・高浜年尾・稲畑汀子の三代に亘るわけである。百年と言えば俳誌『雲母』の飯田蛇笏・龍太親子の二代も約百年になる。また、高浜虚子・水原秋桜子・野村登四郎の系譜も百年になる。この間『ホトトギズ』 『雲母』 『馬酔木』 『沖』 を軸とし、これらを囲む結社所属の俳人達、或いはフリーの俳人達はどの位居たものであろう。約一億に近いと概算するが間違いはないだろう。この間の或いは名句と評され、或いは人口に膾灸されている作品を振り返ると、例えば

 

高浜虚子の作品

A.遠山に日の当たりたる枯野かな

B.去年今年貫く棒のごときもの

飯田龍太の作品

A.紺絣春月重く出でしかな

B.大寒の一戸もかくれなき故郷

野村登四郎の作品

A.青蚊帳に寝返りて血を傾かす

B.子にみやげなき秋の肩ぐるま

 このAの作品を集めてA群、Bを集めてB群と一括する。

 

 ところで私は俳句を始めて約五十年になるが、何時頃からか「俳句とは何」「俳句成立のメカニズムは何」と疑問を持ち読書し思案したが、市販の俳句解説書は私の疑問の解決には役に立たなかった。例えば、前記のA群B群は俳句とされてきたが間違いないものなのか。A群とB群の間には大きな差異があるが、それでも両群共に俳句なのか。A群が俳句ならB群は俳句でなくてもよいのではないか。A群が俳句でなくてB群だけが俳句なのか。俳句は多数決で決められるものではないのだが。

 この百年約一億の俳人達の誰一人として前記A群B群の差異を、文芸的理論を展開して指摘し論じた者があっただろうか。私は寡聞にして知らない。一億人みんな「俳句は何」「俳句成立のメカニズムは何」を探求することなく、【みようみまね】で俳句を詠み、或いは評し合い褒め合ってきた者ばかりなのである。

 これではA群もB群も分類することが出来ずに、共に百年を経てしまっていたのである。こう考えると無性に淋しくもあり腹立たしくも思えてならないのである。

 そこで私はこの二つの命題を、禅僧の公案をまねて自分の公案とし研究に入り『校本芭蕉全集』全巻に、『去来抄』 『三冊子』 を参考とし、芭蕉の紀行文は追跡体験旅行し実地検証した。その成果は 『芭蕉句々』 『芭蕉探訪』(三編)となり、俳句同好者・俳句研究者にお裾分けした。

 

 この研究中のある日私は【俳句は「切レ」】の啓示を受けた。これは研究に没頭した思案のひらめきで「悟り」である大収穫、大発見となったのである。約十年の研究は成功裡に大きな喜びとなり終了したのである。後日これを整理して文芸原理とした。即【俳句は十七音字と「切レ」とで成立する詩である】。つまり、【「切レ」のない十七音字は俳句ではない】と言うことである。

 

 この二条は俳句成立の秘密を解明した原理で、芭蕉以前より現代を経て将来への「俳句」を規定するもので、同時にこの間「俳句」が、本当の俳句と「俳句に似て俳句でないもの」との混在を間違いとして指摘する原理でもあるのである。ここに至りA群は俳句で、B群は俳句でないと判断する尺度なのである。このときA群B群の混在は、そのまま俳句雑誌・句集にみることで、誠に俳句の混乱であり堕落なのである。

 斯くの如く現状分析ができ把握されたからには、日本文化の一つである「俳句」の充実発展のため「本当の俳句」を守り育て、「俳句に似て俳句でない作品」は、これを排除し俳壇より追放しなくてはならないのである。ここに私の俳句改革の目的があり、それなりの理由と原則のあることを認めるであろう。 日本の俳壇は「本当の俳句」で充実されなければならないのである。それには現俳人達は余りに「俳句の本質」を知らな過ぎる。

 【俳句は十七音字と「切レ」とで成立する詩である】

 ことを知らな過ぎる。

 そこで私は平成三年四月号の『四季俳句』に「現代俳句への提言」として【「切レ」のない十七音字は俳句ではない】を発表し、俳句改革の第一声をあげたのである。かなりの反響があり沢山の人々より賛同の手紙をいただいた。以来しばしば「切レ」という言葉を聞き又見るが、これが私の発明語であり、その使用は私の主張・目的の是認であると承知するのである。私の改革は緒に就いたのである。

 

 以来機会を捉えて二~三百頁の著書をものにし俳句改革にうち込んで、その達成の一日も早かれを期待している。そのため平成四年に 『NHK俳句、その間違と批判』を、平成五年には 『俳句は「切レ」がいのち』を、平成六年 『主宰者達の俳句と作句技巧』を、平成七年には『本当の俳句を求めてNHK俳壇その間違いと批判』、平成八年には 『「切レ」論の実証句集今(いま)』を出版し、「俳句に似て俳句でない」ものを排し「本当の俳句」を詠むよう、日本中の俳人に呼びかけているのである。

 

  *** この資料内容は、清水杏芽氏より直接受領した

  もので、私(橋口成幸)の切れ字に対する清水氏への手

  紙による質問に、応えられた返信である。

            一九九六・四・三十  ***

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