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018 1987-03-30 (03-16) Manfred Kirsch,
DDR, 3bk, Let
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 18番目には、東ドイツのマンフレッド氏から珍しい絵ハガキが送られてきた。3月16日発の30日到着 なので15日間もかかっていた。確かに航空便なのだ。西ドイツからは5~6日で届くのに比べると10日間 の差がある。ドイツという国の東西の違いを感じた。  手紙は縦5センチ横10センチ位の小さな紙の表と裏に小文字のタイプ打ちでびっしりと書いてあった。 文字で埋まったこの紙の左下隅には、4人の子供達が野原で遊んでいる影絵がとても私は気に入った。 絵ハガキも10枚くらい束で交換しようという。君の絵ハガキのテーマは何かと闘いてきた。彼のテーマは 洞窟・城・空の絵・地質学的な記念物などで、エス語で書かれたカードや郵便関係のものなら何でも集めて いるという。使用済みの記念切手を送ってくれ、未使用切手はいらないという。封筒には色々な切手を 貼ってくれとある。

 まとめて絵ハガキが手に入りそうなので、すぐに返事を書いた。だが切手や絵ハガキなど集めた ことなど全くない私は収集テーマを持つことさえ知らなかった。私はエス語を子洪達に広めたいと 考えているから、テーマは特にないが出来れぱ子供が喜ぶ絵バガキを送ってくれと頼んだ。  エスペランチストの老齢化現象は世界の国々でも日本と同じようである。1887年エス語が 世に出てから、次第に使用する人の数も増えてきた。しかし二度にわたる世界大戦中、外国の人と 自由に意見を交わす危険な言葉だと、軍事政権下ではどこの国でも厳しい弾圧と迫害を受けた。  ユダヤ人の血が流れているザメンホフ博士の身内にはナチス政権に殺害された人もいる。 日本では厳しい憲兵の追及を恐れてエス学習を断念し、学習書や書籍や辞書までも焼却した人も いたようだ。もちろん強固な信念のもとに終戦まで拘置所で過した人もいた。互いに隔てなく理解 できる言棄を使用し、友好と平和に貢献しようとするエス語創造の理念は、多くの人々に理解された ようだか、すぐ利益につながらないために、戦後日本の若者の間にはあまり受け入れられなかったようだ。

 近年国際社会の仲間入りをしたアジアの先進国日本において次第にエス語は市民権を得つつある と言えよう。  マンフレッド氏とは1988年5月までに13回手紙を交換し東ドイツの地図も受け取った。日本の地図が 欲しいというので探してみたが、唐津市のような小さな町に英語解説の地図など売っていない。幸いに 新婚ホヤホヤの姪が東京に住むことになったので早速書店で適当なものを探してもらった。確実に届く ように書留(追加料金350円)にして封筒には全部で13枚の記念切手を貼った。

 4月28日には子供の絵ハガキを4枚送ってきた。その中の1枚は少女が両手で子鹿を抱いているものだ。 私はこの種のものを日本で見たことがない。彼は私たちのメールアート展にも作品を送り、友人にも協力を 呼び掛けたと知らせてきた。影絵の絵ハガキが欲しいと返事を出したら、何と16枚の影絵ハガキが届いた。 他国のエスぺランチストから受け取った手紙の封箇を自分に譲ってくれという。冗談じゃない。封筒は 海外文通の証拠品なので譲れないと書いたら、今回自分が送った封筒は、ぜひ送り返してくれというので、 彼の要望に応えた。

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彼は切手に詳しく日本で最近発行されたばかりの切手を知っているし、その上スポンサー付きの 郵便ハガキが35円で買えることもすでに知っていた。勿論メロディ電報の存在も知っていて、使用済みの ものでよいから送れと再三再四催促してくる。メロディ電報は高価だし、すんなり購入して送るのも嫌だ。 未だに対策検討中である。手持ちの絵ハガキや使用済みの切手の数も少なくなった。唐津では数種類の 絵ハガキしか手に入らない。買ってばかりでは高くつくし、絵ハガキも数枚にし使用済み切手も容易に 集まらないので、数枚ずつ送るという具合に、3回ほどやり取りしたら文句をつけてきた。

 自分はまだ切手シリーズを一つも受け取っていない。650マルクの給料の中から結構な額の郵便切手料を 払っているのだから、もう1つや2つくらいのシリーズを受取っても良いはずだ、といってきた。  このシリーズというのが癖者で、日本郵政省が発行する切手シリーズは、ほとんど60円切手20枚で 1シートとなってをり、一連の発行も4~5回は続く。つまり1シートで1200円、もし5回も続くと合計で 6000円にもなる。ヨーロッパの大抵の国がそうなのだろうか切手1枚か2枚で1シートとなったものがあり、 これなら10シートでもたいした金額にはなるまい。

 君が望むなら教百枚の絵ハガキを送ることも出来る。どんなものでもよいから百枚ためて送ってくれ。 蝶が4枚ついた記念切手が最近発行されたはずだから、それを送ってくれ、という。もう何処の郵便局 にも売っていない。知人に頼んで何とか1シート手に入れて送ったら、とても喜んでくれた。このままでは 私の方が続かないし、手元にはかなり絵ハガキも集まっている。70人ほどの協力で150枚以上の 絵ハガキがすでに私の手元にある。私は絵ハガキの収集家ではないし、単なるエス語普及展示会の為に 集めているのだから、もう十分だと書いてやった。

 すると私の文通相手の中には彼と同趣味の人が何人かいるはずだ。その人達の住所を教えてくれ、 と彼の熱心さには呆れるやら感心するやらである。私の文通者は、日本の私と文通を希望しているのだから、 本人達の了解がなければ住所を教えることは出来ないと返事を書いた。私のように広告を雑誌に出したら どうだと書いたら、反論はなかった。

 しばらくして文通を続けたいと書いてきたので私も異存はないし、彼との文通はなかなか面白そうでもある。 だが今まで通り切手を送っていては、すぐに行き詰まってしまいそうだ。何か良い方法はないかと思案して いたら、唐津郵便局が世話人となった切手収集家達のグループがあることを知った。驚いたことに記念切手が 発行される都度その見本をわずかではあるが入手できる機会がある。まるで天から降ってきたような話である。  早速入会し3種類ほど手に入れ、普通の者は絶対に買えない代物だと言って送ったら、今までに一度も 見たことがない、沢山送ってくれという。見本の切手に解説がカードが付き、記念切手の写真が絵ハガキの 大きさに収められている。会費は年間わずか800円、まるで只同然である。

2ヵ月に1回開催される会合に私は受け取った手紙を毎回約20通ほど持参しエス語宣伝のために会員に 見せた。封筒に貼られた珍しくて美しい切手の数々に驚く会員が多く、マンフレッド氏が日本の切手収集家と 切手交換を希望していると話したところ、年配の女性が交換に協力してくれることとなった。 彼女がくれたのは記念切手発行日のスタンプがあり記念切手の図柄が入っている記念封筒と記念切手、 さらにその解説書付きのものだった。切手収集家が求める揃いの一組だという。すぐに東ドイツに送り 彼女のテーマの蒸気機関車・昆虫や動物の切手交換を伝えた。時価に直せば10倍も否それ以上もする ものだから、十分な量の切手を彼女に送ってくれと申し出た。  こう書いて良く考えてみると、以前に私が催促されていたのとまるで反対のことを今度は私がやっている。 彼は、高価なものはいらないから見本シリーズをずっと続けてくれと書いてきた。彼女へ送られてくる切手は どれも素晴らしいもので、構図や色も美しく切手収集家でない私でも欲しくなるものぱかりだった。切手を 貼るときは、田の字のように4枚の角を合わせて貼ることを彼の教えで知った。これは、チェス盤のように 貼れという彼の指示だった。

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