愚者正伝第四部(詩・短歌)
(問一矢・播磨固生・緑星子・橋口成幸)
詩・短歌
作詩・作歌年 発表誌名
一九七八年~一九八二年 全電通くまもと文芸誌集
廃人 ザメンホフの心 煩悶 忍苦
一九八六年~一九九三年 全電通九州文芸
愛しき家族 仕事 退職 遠くへ 快速列車 公務員
ワープロ 自分でまわれ 転職 企業戦士 事業体
一九九四年 九州文連通信
真影 ゆめ リストラ
一九九五年~一九九八年 全電通九州文芸
悟り 別世界 革命 詩について
二〇二〇年九月編集
廃 人
電算機の資料(リスト)に追いまわされ
回転の鈍った頭をかかえて
持ち帰った風呂敷づつみ
二十数年来の生活に染み込んだ
晩酌の焼酎を一杯減らすと
妻と子の視線が眩しい
まだ冴えたつもりで幾度となく
十六進化文字(メモリダンプ)を
追ってはみたが
昼間の余韻などかけらもない
〝偉大なる頭脳の持ち主″などとおだて
肥大頭(デッカチ)の電算機(マシン)を動かし
吐き出された特段役立ちそうもない
資料(リスト)の中に埋れて右往左往する
過信した人間共の結末は
すでに定められていたのだ
今や装置(メカ)などものの数では無く
やがて頭脳が断片化(スクラップ)され
赤い血の通った機会人間(ロボット)が残る
すぐ近い将来の
俺とお前の姿である
九州通信局分会 橋口成幸
〔全電通くまもと文芸誌集 第二号〕
1978年7月1日発行
煩 悶
夜半に至る毎日を 我武者羅に生きた
私の人生に 悔いなどない
だが 子供達と人生をきざむ妻
そして今 生命を限られた娘の世界に
私は確かに 息吹いて いただろうか
一八才の ナイーブな娘に
押された烙印を消す 方法さえ知らず
〝回復処置方法不明″の文字が冷たい
保革逆転選挙の 最中だが
我が家族と 時を止めよう
忍 苦
マスコに かぶれ
もはや 真髄を見抜く力を失い
外観だけに とらわれた者達を
うらむのは よしたがいい!
ねぎらいの言葉は出ても
自分からは 動こうとしない者達を
さげすむのは よしたがいい!
初めは あてにもされず
疑惑の眼差を 浴びても
最後に残るものは 真実と誠意
お前を支持する俺と
お前を信じる 妻子がいる限り
涙を流すのは ヤメロ!
(1978年)
愛しき家族
(短歌・二十首)
何事も 多く言葉を 交したし
短かき時間 愛しき家族
早早と 寝入りたる子の 首筋に
流るる汗を 夜半に拭きとる
代償を よこせと出した 子の手をば
狭い心と 打ちて咎める
四才の 子は無邪気にも 尋ねたり
二十年経し 父の無役を
思ふ事 したい事など 多けれど
金の余裕も 暇もなき身は
女一人 四人家族を 切盛りし
生協手芸と 妻は忙し
今日もまた 声荒立てて 口論す
幼き子らの 将来のこと
学習書 などするなと 遊ばせし
我が子の学業 遅々と進まず
子らの目に 改定されし 教科書は
真実の歴史 歪めて映す
飲みてなお 難しき事 議論する
我はいまだに 幼きままか
酒借りて 意気揚揚と 語り合ふ
日頃積りし 不平の数数
悪戯が 過ぎると云ひて 叱りたる
父の眼避ける 幼な児の顔
珍しき また品買へず 幼な児は
我が家の貧乏 既に知りたり
涙して 母に甘える 幼な児は
菓子を貰ひて 笑顔忘れず
一度二度 三度云ひても 動かざる
子を戒めに 打ちて衷しき
我がために 子のためにもと 学びたる
エスペラント語 視野を拡げし
夜勤へと 出て行く我を 見送りて
明日は遊べと 幼な児に云ふ
山売りて 手にせし金を 孫達の
学資にせよと 父母が配りし
褒美にと 買ひて与えた 自転車に
目を輝かし 嬉嬉として乗る
幼き日 躾をうけし 我が行為
幾年過ぎても 変わることなし
(1978年)
仕 事
私が、一生懸命に仕事をするのは
「なんだ、あいつは!」 と
云われたくないからです。
十年も過てば、
それ相応にやれたのに、
放っておいて 二十年過った今、
やいのやいのと云われても
出来ないものは 出来ないのです。
徒弟制度の良し悪しなど
私なんかに解りません。
それでも 新しい時代の息吹を
身体の端々で感じているのです。
私が、一生懸命に仕事をするのは、
本当のやり方を
探しているからなのです。
私の失敗を
仲間が繰返すのに、
我慢できないのです。
ドライバーを握っていた時
生き生きとしていた男が、
二十年過ったからと
机の前に座らされ、
死んでしまいました。
こんな男に
私は成りたくないのです。
(1986年)
遠 く へ (1988年)
「日中友好の船」によせて
(一)
お前は
圏外へ打ち上げられたロケット
オゾンの向うで飛べ
自由に飛べ
雑踏の中で絶えずスピンした
お前の思考を素早く修正し
力一杯に飛ベ
スラスタの準備はいいか
さあ、ジェット噴射だ
トランスポンダの調子はいいか
ピンとアンテナを張れ
もっと前方を見たいのなら
コマンドで動くプロトタイプで終るな
(二)
長い間閉ざされていた
日本のようなお前の鎖国に
終りを告げよ
かつて新しいものは
海の向うからやって来た
お前は今、自ら船に乗った
大海の青さを見よ
その色の深さを想え
波に身をまかせて
カケラの自分を見つめよ
島影ひとつ見えぬ船上で
夜空の星に行く先を問え
地球のまるさを確かめたとき
新しい世界が始まる
(三)
言葉の通じぬ人間の挨拶は
笑顔と握手以外にない
お前の習慣だけで通そうなどと
決して思いあがるな
人には夫々感性があり
生れ育てた主張がある
ふるい歴史の花は
思い出に溢れていても
新しい歴史の溝は
容易に埋まりはしない
侵略と興国の闘いの中で
肉親と死別した者の哀しみは
ひとことの社交辞礼で
消せはしない
モダンな服で斜に構えていても
他人の心に差し込む光など
ひと筋として感じ得ようか
(四)
見知らぬ国から
お前は、何を持ち帰えるのか
妻や子供に
何よりも、お前自身に ・・・
形あるものなど
一時の思い出にすぎない
笑顔を交わした友の輝きを
お前の眼は、もう忘れていないか
別れた友の温もりを
お前の手は、今でも感じているか
西に沈む
大きすぎる太陽の中で
お前は、燃えたか
確かな感性を持つ者だけが
真の連帯を結び、伝える
(五)
より広い視野で
新しい人生が
いま始まる
一週間前のお前ではなく
新しいお前が
いま旅立つ
高く たかく 遠くの方へ
(1988年)
(長編散文)
快速列車 (1989年)
〔小倉 十時五分発 下り荒木行き待合中〕
寒いよほんとに寒いんだ なんと沢山さん降ったんだ なんでこんなに冷たいんだ 何処から来たのか知らないが 向こう側の列車はさ ツララをあんなに垂らしてさ 雪をあんなに被ってさ おお寒いほんとに寒い なんでこんなに吹くんだ なんと冷たく吹くんだ 何処へ行くのか知らないが 列車待ってる人の中 無理もないはず親父さんも おばさんだって冷たそう
あそこに立ってる若い娘は オーバー襟立て頭を隠し それでもズボンをはかないで 膝頭が震えてる ほんとに不思議だ頭より 顔より手より首よりも もっともっと寒くって 冷たいだろうに風の中 ひとりぼっちで立っている
駅員さんは部屋の中 あんなにストーブ炊いててさ あかあか燃える炎の子供 俺のとこまで来ないかな 駅のホームも貨物列車も みんな凍ってしまってさ 寒いはずだよ冷たいはずだ なんだって 三分も遅れるなんて 寒いなあ 本当に寒いなあ
ヒュウ ヒュウー ヒュウー ヒュウー
待ってた電車がやって来た 乗れるだろうか乗れないか たった三十秒停車だと 早く乗りなよおっさん 急いでおくれよおばさん ああ寒かったもう大丈夫 後は博多に着くだけさ 急いでくれよ頼んだぜ くもった窓から外見えず 両手で拭いて窓つくる 真っ白白の銀世界 十センチはあるだろう ずり落ちないか屋根の雪
〔戸畑 三十秒停車 否三十二秒だ〕
プラットホームに降りる客 冷たく縮んだ顔顔顔 よちよち歩きの少女がひとり 母さんの後ろに隠れてる 背中で赤んぼ昼寝時 ちょい待ち爺さん大丈夫かい こんな日外出やめとけよ 客がまたまた乗り込んだ 駅長さん元気でな
あの工場の屋根のうえ 煙突のぼる灰色煙 雪が混じったせいなのか あの山肌の杉木立 真っ白オーバー着ているようだ 山も林も草原も きっと寒さに震えてる 枕木立てた柵の列 ザーツと脇見で駆け抜ける
ピキュウー ルトンルトン ルルンルンルン ドン
上り列車は速いなあ こっちの列車も速いのさ すれちがいに汽車泣いて 体をプルプル震わせた きっと列車も寒いのさ 列車と並んだ二本筋 そうさレールの平行線 なんでもかんでも雪化粧 真っ白ズキンを被ってる いったい雪は止むのかな そうさやむのさ止まるのさ 空に雪が無くなれば
〔枝光 三十砂停車 否三十五秒〕
あそこに見えるホームの上に 沢山雪が残ってる 汗して作った花壇の花は みんな縮んでしまってる 列車を待ってる人の顔 鼻先赤くて縮んでる 切符きりさん寒くはないか 半オーバーひとつでさ 発車のベルも凍ってる
〔八旗 三十秒停車 たったの二十秒〕
客が少なくなったから スピードアップで速いのさ すごい風の雪煙り あの屋根上で舞っている きっと雪が嬉しさを 隠しきれずに踊ってる 貧しい家も立派な家も 雪さえ被りや分かりはしない うまく包んだ雪化粧 大きな屋根をすっぽり覆う まるで出来たて綿布団 あんなにふんわりしてるから ちょいと裾を引っ張ると 下の田圃に落ちるのさ
高くて大きな煙突は 寒空ついて何本も じっと我慢のカカシ立ち だけどちっとも寒くはないさ 体の中には火の煙
国道走る車の列は 亀の行列のろすけ歩き それとも疲れてきついのか どんなに急いでいたとても ドロドロ雪道走れはしない おまけに横風吹いてきて 車の前で邪魔してる 鉄の鎧は寒さに冷えて 中の兄さん凍えてる
畦道続く曲がりかど 人がひとり立ってたぜ こんな吹雪に大丈夫 なあにあれは雪達磨 子供が皆んなで作ってた 寒くはないか雪達磨 寒くて我慢が出来なくて 両の手足を引っ込めた またまた見えた大屋根は 真っ白真綿の絨緞さ 雪が激しい遠くの方を 汽車は睨んで走るのさ レール外すの心配するな 足で探って走るのさ 体を左右にし っかり振って 脇見をせずに走るのさ こんな大雪今までにない 何年ぶりの大雪か これが最後さこれっきり 空の倉庫はからっぼで 来年の雪品切れさ それでも雪は降り続く
〔黒崎 三十秒停車 そう三十秒停車〕
向こうを走る電車の頭 雪をあんなに積んだまま あんなに急いで駆けていく 向こうを走るバスの中 押し合う客で温ったかそうだ けれどバスは震えてる 大きな体は寒いのさ あそこの曲がった小道では 子供が滑って遊んでる
さびれた海辺の工場は ガランとしてて寂しそう ガタガタ鳴ってる窓からは さっと吹き抜く北風が 何か言葉をかけていく せい高のっぼの煙突の 頭の上の火柱は 寒さ飛ばせと天向かい おたけびゴウと吹き出した 凄い勢い周りの風を 一緒に天まで吹き上げる 赤く染まったその煙
今度は変わって薄黄色 やがて青みを帯びてきた きっと煙のあの中は 炎の子供が飛び交って わいわいがやがや賑やかさ
建物並ぶ工場の 屋根から屋根に網かけた 蜘蛛の巣みたいな黒い糸 そうかここは変電所
それじゃあもしも電線に 触るとこんがり丸焼けか 電線止まるスズメらよ よくまあ焦げずに元気だな
白い絨毯敷き詰めて 果てしないまで続く雪 点々見える胡麻模様 田圃の稲の切り株か ちょっぴり頭が見えている 列車に並んだ二本の帯は 上り列車が今通り 雪を殺して逃げたあと
〔折尾 二十七秒停車 広告も停車〕
風吹き雪飛び斜めに走る 線路脇の電柱も つぎつぎ斜めに飛んでいく 遠くに藁ぶき農家がひとつ ぽつんと佗む黒い影 きっとこの世に取り残された 人里離れた黒い影 大きな川の水嵩減った 堤に枯れ草枕を並べ 風に吹かれてお辞儀する よいしょとこの河渡るのさ
ドン ドドンドドン ドンドドンド
あんなに高い屋根のうえ バイクが一台走ってる なあーんだトラック荷台の上か 重いだろうなドッコイショ 山の手小道の上り坂 林の中へ続く道 赤い鳥居が仁王立ち その下通る細い道 雪に埋もれて真っ白さ
プオオオーッ
上り列車とすれ違い 太陽出てきて薄日が射して 真っ白雪の角とれて 絨毯田圃のあちこちに えくぼがだんだん増えてくる 雪解け後の国道は 黒いベルトに早変わり どこまで続く長い道
ニワトリ寒さに強いのか 幾つも並んだ養鶏所 皆んな起きてる騒いでる 鉄棟渡るぞ速度落とせ
ズズンズズン ズズズン
ルルン ルルルン ルルンルルン
二〇加せんべいこっちを見てる 大きな目玉をくりむいて 寒くてじっとしておれず いっぱい飲んだか赤ら顔 全部飲まずにそこらで止めて 俺にもちょつぴり分けてくれ 黒いベルトに白斑点 チェーンの跡が続いてる 海辺に寄せてる波に波 白い頭によく似てる 多々良川は広くはないが 水がいっぱい溢れてる
ズズズードン ズズンズズン ドンドン
あの山間の一軒家 谷間で風を避けている それでもやはり冬の日に ひとりぼっちで寂しそう あそこの溜池薄化粧 雪ん子頬を撫でて行く 木の葉は緑に白縞模様 竹は黄緑縞模様 田んぼ行く人胡麻模様 さしてる傘だけ赤模様 まるで絵にでも描きたいような 銀色ひかる雪景色
だんだん駅に近づいて スピード落とす車内では 手荷物探す人の影 線路も次第に小枝の様に 分かれ分かれになってくる 二本にそして四本に 六本さらに八本に
ドドン ドドドン ドゥン ドドゥン
やっと着いた博多の駅に 立ったままでの列車の旅は ホームに降りたらおしまいさ こりゃあついてる雪降り止んで 太陽だって顔出した 午後は天気になりそうだ。
・・・ 眩しいなあ ・・・
公 務 員(
仕事が出来なくても赦された
新入社員の時代も過ぎて
苦労しながら
先端処理の仕事もした。
一万三千八百円貰ったら
そろそろ結婚出来るのだと
親父に教えられて頑張ってきた。
だが 二人の生活は始められなかった。
二十万円貰ったら
生活が楽になるのだと
親父に教えられて頑張ってきた。
けれども 四人家族にゆとりなど無かった。
六十歳で停年だから
もうしばらく働くのだと
親父に教えられて頑張ってきた。
それなのに
五年も停年は延びてしまった。
退職金を貰うと
土地と家が買えるのだと
親父に教えられて頑張ってきた。
しかし
二割引きの年金や分割払では
家さえも買えはしない。
親父の教えが
皆んな嘘だと分っても
息子達に何を
俺は教えることが出来るのか。
停年を待っていた妻に
どんな夢を贈るのか。
虚しいサラリーマンより
自分で選んだ職に就くのだと
小さな町で
洋品店の売子になった息子は
嬉々として働いている。
これと云って
息子に教えることもないまま
私ももう少し働いてみよう。
1990年)
自分でまわれ
プラン プラン プラン
糸瓜が棚からぶら下がり
如何したものかと迷っても
皆んな横向き知らん振り
「チェ」 苦しまぎれに声出せば
隣りのやつがチラリ見て
「ハッ クション」と鼻ならす
プラン プラン プラン
南瓜が棚からぶら下がり
如何したものかと迷っても
進んで助ける人もない
「チェ」 苦しまぎれに顔上げりゃ
向こうのやつがよそ見して
「ハッ クション」と息止める
相手と同じ事しては
すっかり置いてきぼりに会い
苦労の坂が待っている
プラン プラン プラン
規則に人がぶら下がり
如何したものかと迷っても
自分の力が頼りだけ
「チェ」 苦しまぎれに手を離しゃ
社会の溝に落ち込んで
「ハッ クション」と風邪をひく
相手と違う人生を
素足で歩いてみたいなら
自分で靴の紐結べ
(1991年)
企業戦士
障子の桟のように
やたら区切られた枠の中に
根拠の乏しい数値を埋め
行先不明の線グラフを引き
やっと間に合った資料を渡し
ほっと 胸を撫下ろす
言い負かされはしないかと
確信の持てるひらめきを
これといって提言もせず
これといって意見も出さず
事の成り行きを
そっと 見守っている
自ら断が下りることもなく
口三味線の鳴りわたる
長時間の審議を待って
また資料づくりを始める
あなたは まぎれもない
立派な企業戦士
(1992年)
事 業 体
試運転のない愚かな計画など
過去には無かったのに
激しい競争を勝ち抜こうと
ズタズタの通信網を確立する
ああ ・・・
まるで出たとこ勝負の
取りあえず辻褄合わせの
何と見事な事業体だろう
予算制度から決算制度へ
華麗なる変身を目指すはずが
マイナスシーリングだけの
至上命令で悪戦苦闘する
紙一枚の節約など
廊下の灯りの薄暗さなど
一人ひとりが大切だと
口上ばかりが飛んで行く
愛社精神を振りまいて
皆んなで汚点は拭うのだと
旗振り屋気取りで先頭に立つ
ああ ・・・
江戸の空を眺める者が
まだうろゝつろしている
(1993年)
真 影
暖房の効いた 真新しい家に
昨年退職した 男がひとりで
もう一時間も 頁を捲らずに
じっと本を手に ながめている
三十年以上の ながい年月を
自分ながらに 何とか乗越え
昔風に言えば 恩給を受けて
じっと小説を ながめている
たった一人の 独身寮生活で
まぶしいほど 活き活きしていた
希望に溢れた 自分を探して
じっと行間を ながめている
(1994年)
ゆ め
夢が ひろがる とき
夢が ひろがる とき
私は いつも
子供に かえる
いつか 大きく なって
大きな 街へ 行って
素敵な人に めぐり逢い
しあわせ つノヽる
夢が ひろがる とき
夢が ひろがる とき
私は いつも
子供に かえる
(1994年)
リ ス ト ラ
自分の人生について
考えることがありましたか
仕事のために 生きているのか
生きるために 仕事をしているのか
リストラの名のもとで
また一人 いなくなります
みんながみんなではなかったけれど
「もうすぐ お別れします」 と事前に話す
仲間を思いやる人は
もう いなくなりました
「突然ですが、彼を転出させます」
いかにも困惑した表情で
伏目がちに話しかける
後補充もなく 残る者への
これが 事前通知なのですか
業務の量と我々の数を
根拠に乏しい言葉で仕切り
機械化されて行く仕事の
決裁行為を任された貴方は
担当者に教わることも無く
一人で操作出来るのですか
質より数値だけが重視され
「労働の対価としての賃金」
を 意識しなくなって
小資本家だと勘違いした
あなた自身は
リストラしないのですか
(1994年)
革 命
革命はいつ起こるのか 知っていますか
革命はどこで起こるか 知っていますか
革命はだれが起こすか 知っていますか
障害ではなく 面倒くささにぶつかって
合意ではなく 皆と区別されたくなくて
権利ではなく 相手の遠慮に居すわって
今、感じた疑問を
解決しようとしない限り
何が本当か
問い正そうとしない限り
嘘のない自分を
見つけようとしない限り
永久に革命は 起こらないのです
あなたは 怒りを忘れた自分の姿に
あなたの価値を 見つけられますか
あなたに覆い被さる 幾多の慣習に
あなたは 潰されずに闘えますか
あなた自身の
絶対譲れない決意のみが
新しい時代で
必ず革命を起こすのです
(1998年)
詩について
詩を私が意識したのは、今から二十五年程前の会社に勤め出したばかりで、これといった重要な仕事をさせてもらえるわけでもなく、入社一年後には自分の仕事に慣れてしまうと、始業時のほんの三十分か一時間で、一日分の仕事を終えてしまうような頃だった。希望に満ちた私の社会人生活は、やりがいの無い日々の連続だった。
それでも僅かばかりの仕事が終わると、私は学習心を掻き立てて、自分にはとても難しすぎて手も足も出ない技術専門誌『施設』から適当な記事を選んで大学ノートにうつしていた。
やがて会社報に投稿されていた五~六編の詩の中から、気に入ったモノだけを選んで別のノートにうつし始め、いつか新しい号が出るのを待つようになっていた。そのうちに選んでいた詩の作者が極く数名に限られているのに気がつき、何かしら心のトキメキを感じたりした。
夏のボーナスをあて込んで会社へ出入りしていた本屋に頼み、その書店の棚に並んでいる岩波文庫出版のポケット版の詩集を全て買うことにした。当時の値段で一冊七十円から九十円全部で二十八冊あり、通勤電車の中や会社で全部読んでみた。作者の誰かに強い影響を受けないようにと、自分に言い聞かせながら冷ややかに読んだ。国内外の色々な詩との出会いだった。
私も何か書いてみたいと思い、買い込んだ原稿用紙の冊子に気が向けば書き付けたがそれらは単なる言葉の落書きのようなモノだった。定型詩にあまり興味を抱かず、かと言って現代詩についてゆけるわけでもなく、デパートの古書籍市で手に入れた箱入りの『八木重吉詩集』に心を動かされ、いいなと思った。その後古本あさりが続き、次に素敵だと感じたのは『アラゴン詩集』だった。今までにこの二冊ほど私の心を占領した詩集はない。
自分の気持ちにぴったり合った言葉を選ぶのに、何時も苦慮しているのだが、私は出来るだけ素直に言葉を選びたいと思っている。「詩とはなにか」などと問われると一言もないが、他人に言いたいことや、誰にも譲れない自分の心を残しておきたいために、何かを書き留める作業を続けたいと考えている。作品を書くとき、少しずつ私が生き返ってくるような、そんな気がしてならない。
(1989年)