菓子折り
問 一矢
工事完了の立会から戻ってくると直ぐにその結果を報告するため梅田は所長室へ急いだ。所長室のドアはいつものように十四~五センチ開かれていた。大部屋の事務室の様子をそれとなく聞き取るためだということを社員の誰もが知っていたが、その事をあからさまに口にする者はいなかった。梅田は隙間に顔を近づけ部屋の中にいる人の気配を確かに感じてから声をかけた。
「入ります。只今戻りました」
梅田は少しばかり心配気な表情を見せていた。
「どうだったな」
所長の氏家は梅田の方へ向き直ることもなく、机の上の新聞にそれとなく目を落としながら、ぶっきらぼうに訊ねた。
「はい。一部金網の取付けた方が緩くて固定されていなかったので、伊勢崎係長が業者へ指摘し、後日やり直すことになりました。その確認は私が代行するようにと言われました」
「竣工検査はエ事を発注した部署が責任を持ってするのが仕事だろうもん。あんたの代行じゃいかんたい」
思いもよらない所長の言葉に梅田は少々慌てた。心のなかでは
「やはりまずかったのか」
と思った。どう言葉を続けようかと迷って突っ立っていた。昨日本部の伊勢崎係長は電話をかけてきて梅田
にこう言った。
「立会は所長じゃなくて、工事担当の梅田係長が来てください」
梅田は転勤してきて初めての立会い作業に、特別不思議に感じることもなく了承し、所長へ報告した。
「あんたに来いてな。おかしいなぁ。今まで立会は所長か課長が行っとったが、誰がそう言うたな」
梅田は「おや」と思いながらも
「伊勢崎係長です」
「伊勢崎? どこの部な」
「建築部です」
「検査はエ事課じゃなかとな」
「無人施設のフェンスの取り替えですので、局舎担当の建築部だそうです」
「そうな。そう言うんやったら、あんたが行ってください。行ってしっかり見てきてください」
何か意味ありげな所長の言葉は少々しっくりこなかったが、特に問題があるとも昨日は思えなかった。今朝出掛ける前に
「しつかり見てこないかんばい」
と強い口調で所長から言われたのを思い出していた。梅田は気まずそうな素振りで、業者から受け取って手にしていた菓子折りを所長に差し出しながら、
「皆さんにと渡されました」
と口にした。氏家はちらっと流し目を呉れただけで、
「みんなで食べるとよかたい」とずっけんどんに言った。
所長室を出て自分の席に戻ると梅田はこう思った。
「立会には所長を行かせるべきだった」
と少々悔やんだ。わずか一時間足らずの立会に、工事場所が離れているからとはいえ小一日がかりで出掛けたのだ。今の仕事に不憬れな梅田にとって一日という時間の長さは大切なものだった。途中でビール付きの昼食をしたが、その支払いを全て業者がもった。梅田は自分の支払いをすると言ったが、それを業者は強く押し止めた。ビールでやや赤ら顔の伊勢崎は何でも無いようにすましていた。
梅田は「これはまずい」と内心思ったが業者の申し出を押し戻すまでにはならなかったことを悔やんだ。が、以前にも島本課長と他の係長が立会に出掛けたことがある。所長も何度か出掛けたことがあった。初めて同行した梅田はことの重要さにやっと気づいた。氏家の楽しみを奪ったかもしれないと思った。
おまけに工事も完全に終わっていないし、前回不十分分だった場所が、まだ直っていなかった。下請けをちゃんと指導したと業者は言っていたが、実際には工事の手直しなどされていなかったのだ。そこで食事と手土産でお目溢しを願いでたと言うわ
けだと思った。最後に責任を梅田のところへ持ち込んだのだ。そう思わざるを得なかった。
おまけに工事も完全に終わっていないし、前回不十分分だった場所が、まだ直っていなかった。下請けをちゃんと指導したと業者は言っていたが、実際には工事の手直しなどされていなかったのだ。そこで食事と手土産でお目溢しを願いでたと言うわけだと思った。最後に責任を梅田のところへ持ち込んだのだ。そう思わざるを得なかった。
二週間ほど過ぎた頃梅田は施工業者に問い合わせた。下請け業者の手直しが済んだという返事を聞いて、翌日一人で確認に出掛けて行った。だか、全く以前と同じ状態だった。会社に戻った梅田は、所長に聞こえないようにと声をひそめて伊勢崎に電話を入れた。
「伊勢崎さん、例の金網の手直しですが業者が済んだと言うので確認に行きましたけれど悪いままなんですよ。伊勢崎さんから業者へ手直しの催促をしてもらえませんか」
ときりだした。
「手直しの確認は梅田係長にお願いしたんですから、係長から直接業者へ催促してください」 梅田は腹が立った。二年前の仕事とは大違いだった。二~三年も営業担当をしていると、お客に会うときはどんな時でも会社の代表として接することが常識だった。自分の仕事でトラブルでもあれば夜中でも説明に出向くのを厭わなかった。他人に任せるなど言語道断であった。責任転化もいい
ところだ。しかし、のせられた自分もお粗末だが仕方がないとも思った。梅田は施工業者へ電話を入れた。
「八木建設の梅田と申しますが、久保課長いらっしゃいますか」
女性の事務員が電話を受けて暫くすると久保課長が電話に出た。
「お待たせしました。久保ですが」
「八木建設の梅田です。先日伊勢崎係長と手直しをお願いしました件ですが、今日確認に行きましたけれど、以前と同じで少しも良くなっていませんでしたが」
「えっ、そうですか。下請業者はちゃんと工事したと言っていましたが」
「早急に手直しして下さい」
「分かりました直ぐにやらせますから」
「手直し後、必ず私に電話して下さい。待っていますので」
「承知しました」
一体全体責任ということをどう考えているのかと疑った。だが一カ月過ぎても連絡はなかった。梅田は再度手直しの催促をしたが
「このところ急用が入りまして、手配して直ぐやらせます」
との返事だけだった。もし自分が立会にいかなかったら、この結末はいったいどうなっていたのだろうかと思うと、少しばかりおかしくもあった。きっとそのままで竣工となったのかもしれない。会社と業者との馴染み方も問題だが下請け会社は僅かばかりの費用で何度も手直しなど出来はしないとも思っ
た。そっくり作り替えた施設のフェンスに少々の不備があっても特別問題が起こるものでもあるまい。梅田は諦めることにした。
その年の十二月初旬の機械点検で、自動切替え装置が動作しないことが発見された。その日の終業時ミーティングは一大事という騒ぎになった。手動で強制的に模擬故障を発生させ切替え装置を動作させようとしたが動かないのである。何のための自動切替え装置なのか全く役に立たない。梅田は早速この装置の製造メーカへ異常発生の電話を入れた。過去に類似の故障申告が記録されていないかも問い合わせた。他にも正常に動かないものが三個発見された。メーカの返事は要領を得なかった。
不良装置を発見した場合は、直ぐに本部へ報告し他の支所の同種装置の一斉点検を行うように社内規則はなっていた。これは類似事故発生を未然に防ぐ最良の方法だった。梅田がそれとなく本部に事故紹介をしても他には報告の例がないとの回答だった。製造メーカに強く要望した。
「故障時の復旧対策として導入している自動切り替え装置が正常に動作しないということは、当社にとっても重要な問題ですので、早急に現場検証をして対策を考えてください」
直ぐに事故記録を調べて連絡すると電話を切ってから、五分もたたないうちにべルが鳴った。
「実は、梅田さんと同じ県内の支所から、同じような異常報告を受けたのですが、現場で装置を
扱わせて貰えませんでしたので、原因不明のまま
今日に至っています。梅田係長さんのところで装置を扱わせて頂けるなら、直ぐに駆けつけまして調査させて欲しいのですが」
というのが返事だった。
本当に異常が発生したらどうするのか係長以上が集まって対策をねった。梅田は詳細に異常発見の経緯を述べ、製造メーカへの現場検証要請も併せて報告した。
「製造メーカーを直ぐに呼びつけろ!」
という所長の鶴の一声が放たれた。島本課長と事故対策担当係長は直ぐに切替え手順表の作成にかかった。他の支所で異常が発見されたのは六カ月も前のことで、本部にも報告されていないということは信じがたいことだと梅田は思った。作業担当者も上司も仕事への責任をどの様に考えているのか疑問だった。
終業後も残って連絡を待っていた梅田に、製造メーカーからやっと電話が入った。
「どうしても今晩の飛行機が取れませんので、明朝八時の便で福岡へ行きます。新幹線はあるのですが福岡への到着が夜中になりますので、動きが取れません。空港から博多駅へ出て、特急でそちらへ伺いますので、明日の午後一時には到着します。宜しくお願い敦します」
「不良装置の異常状況確認方法と正常装置との取り替え方法について作業前に説明してぐださい。それから取り替え作業の立会には、私と切替器に詳しい社員の二人があたります」
メーカーにとっては大会社への納入品が不良だと
なったら死活問題だ。特に価格が高くて収益の大部
分を占めていた装置だけに必死だった。さらに全国の支所でも同種の装置を導入していることが明らかになった。電話にでた製造担当課長と部長が飛行機で飛んでくるという対応ぶりでも領かれた。ことの重大さを感じた梅田は、所長へ詫びの電話を入れて明日来所する事を知らせるようにメーカーへ勧めた。
翌日朝の十時に福岡空港から到着の電話が入った。午後一時前に事務室へ現れた緊張した顔の二人を案内して梅田は所長室のドアをノックした。
「自動切替え装置の取り替えに製造メーカーさんが来所されました」
「今回は大変ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。早速取り替えまして分析結果をご報告させていただきます」
部長と課長は何度も頭を下げながら挨拶した。所長の機嫌は悪くは無かった。何といっても即刻飛行機で来るという対応をしてくれたことと、梅田の助言で昨日直接電話で所長に詫びたことが、そうさせているのだと梅田は思った。
「直ぐにメーカーさんが措置を考えて頂けましたので助かりました」
と梅田はかばった。所長の不機嫌な言葉を聞くよりは良いと思ったからだ。
「で、どうされるんですか」
という所長の問いに製造担当課長は、
「不良品は勿論、現在装着されている装置も全部取り替えさせてください。持ち帰りまして圧縮試験をしまして、結果を報告させていただきます」
と丁重だった。
圧縮試験とは、装置の機能を強制的に動作させる実験で、例えば一秒間に十数回のリレー動作を連続して何時間も行うものだ。それでも誤動作などの異常がないと判断するためには、約一カ月間の実験が必要だとのことだった。
「取り替え手順につきましては、梅田係長の指示を受けていますので、作業前にご説明しまして確認して頂きます」
「他支所での異常報告例について、所長に話して頂けませんか」
梅田は話を進めさせた。
「実は他の支所で同じような異常が発見されましたが、動いている装置を扱わせて頂けませんので困っていました。故障にならないよう対策して作業しますので安全だと説明したのですが・・・」
「あの支所の人間のすることだろう。責任を感じるもんは誰もおらん」
氏家所長のやや誇らしげな口調が部屋に響いた。
「梅田係長、メーカーさんの作業手順で問題ないか検討して、結論を島本課長から私に報告させてください」
手土産の大きな 菓子折りを所長室に残して三人は事務室へ戻った。案外すんなりと来所挨拶がすんだことに、メーカーの二人の顔はほっとした表情に戻っていた。作業手順に問題がないという結論を島本課長が所長へ報告し、取り替え作業が開始され、一時間後には全て終了した。
さて残ったのはこの異常をどの様に上部へ報告す
るかだった。
「取り替えて持ち帰ります装置の圧縮試験の結果を待って戴けないでしょうか」
とメーカトは梅田に願い出た。今の時点で本部に報告されても、異常発生の原因を報告できるデータがメーカーにはひとつもないのだ。急に来年度の納品差し止めでもなったら、会社の存亡が左右される事になる。結果を逐次報告するから何とかそれまで待ってくれと云うメーカーの要望を、梅田は内心で既に了承していた。何百人かの家族の生活を思うと、自分の報告の重さに恐ろしくもあった。メーカーの適切な作業ぶりと持ちかえり後の分析結果を詳細に連絡するという約束を所長に報告した。
「梅田係長にまかせます。メーカーにはちゃんと対応するように言いなさい」
所長の言葉を二人に告げた。圧縮試験で例え異常が発見されても、原因が有りましたと、すんなりメーカーが言うはずも無いことを、梅田は百も承知していた。
三カ月過ぎた頃に全国支所の同種の自動切り替え装置をメーカーが無償で取替えるという文書が流れた。やれやれと梅田は煙草に火を付けると椅子の背もたれに身体をあずけた。
〔了〕
〔九州文連通信第十号〕
全電通九州文芸連盟
1997 年発行